来年にかける思い

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あつい夏がきてまた今年も鳥コンの季節がやってきた。鳥コンはなかったけれど、すばらしい機体とパイロットだなあと本当にある意味うらやましかった。あつい夏だった。

まず、3日の午後5時に打ち合わせということでラウンジに行った。あんまり人がいなくて、どうなのかなーと思った。天気予報では確実に雨だったので雨降ったらどうするのだろうと思ったけれど、Alumniのかたがたはあまり何も考えていないようだった。予備日なんでないんだろうなーと思っていた。

飛行ロボットの打ち合わせをしてからいったん家に帰ったら9時。高速で風呂に入り、着替え、用意をして家を出て10時に学校についた。みんなが出発しようとしているのに出会い、Tシャツを受け取り、出発した。荷物をこのとき車に入れてもらえばよかったと心底思った。

k山さんと久しぶりに自転車。昼間に風洞の引越しという肉体労働でつかれきっていたトレーニングしていない俺は、「トレーニングの休養でまったり走り」と言っていたk山さんにずっとくっついて走った。最初しか前でひかなかったのでなんとかなった。夜の6号線はトラックが結構走っていた。のぼりで加速されたところではおいていかれた。

ほんとは我孫子で右に曲がるはずが、気づいたら取手まで行っていたのでそこから川に沿って下ることに。めっちゃ暗くて、最後はかえるの鳴き声とたんぼしかなくなっていた。k山さんのGARMINのGPSはすでに道がなく、新しく道を作っている状態だったので、k山さんの携帯のGPSがかなり役にたった。2時前に大利根に到着した。

それから組み立てを見てたりみんなと話したりしていたら、尾翼のシャフトか何かがないから自転車のクイックを使えるかな?という話になり、クイックを抜いたらたけのこバネがどこかに飛んだ。しばらく探したけれど見つからなかったのであきらめた。てっちゃんの車で寝ていたらいつの間にか機体は飛んでいた。見るのを忘れるところだった。やすに感謝。

風が強く、操縦が非常に大変そうだった。しかしよくあの風の中飛ばしたなあと思う。ハマジがすごい。作ったみんなと設計も。時折聞こえてくる風速は、自分の実感より低めにでている気がした。2-4m/sくらいでていた気がする。しかも左前からの風だったように思う。最後に飛び切りするかなと思いきや、時間がないのと風によって中止になり、代が変わった。

その後ぽつぽつと雨が降ってきて、海岸へ。海岸では現役たちが海に投げ込んでいるのをタカフと遠目で眺めていた。OBなのに投げられるの期待するのとかやだよねとか話していた。その後、二人でおくを投げることにして運んできていっしょにダイブした。そしたらメガネがなくなった。タカフのメガネは奇跡的に見つかった。俺のメガネは1年くらいの寿命であった。

その後関係者各位に謝りにいこうということになり、ヨシオに聞いたら現役に・・と言っていたけれど、今日の飲みはそういうことはなす場じゃないしどうしようとタカフと話していた。この場でお詫びします、みんなOBが迷惑かけてごめん。その後、風呂に行ってから理工へ。風呂では券がいっぱい余っていた。

その後、車ではみんな寝そうだったのでしんやの横に座ってしんやと話すことにした。インターンの話とかした気がする。案の定みんな寝ていたので、しんやと話していてよかった。話せて楽しかったのと、しんやが寝なくてよかったのとw理工について、一次会会場へ。毎年、スピーチがみんな聞けるかどうかの環境がすごい気になっていたのでまずチェックした。

時間が非常に押していたのがまた気がかりだった。スピーチが始まったけれど飲みのときにコールがかからないのとかが気がかりだったので、こうすけの隣に行き、ビールサーバーをやることにした。去年もこんなことをやっていたなと思った。1・2年はこの話を心に刻んで欲しいと思い、聞いてくれているだろうか、と思っていた。その合間にビールを注ぐ。ピッチャー5杯くらい頼みに行った気がする。

スピーチはほんとによかった。みんな、感謝と悔しさと、この2年半の思いを語ってくれた。こういうことばを聴くために生きている気もする。いい場だった。俺がでしゃばってビールサーバーをやっていた以外は。いくつかいいことばをメモしたのだけれど、メモした紙を忘れてしまった。でも覚えている。ある人は涙とともに、ある人は後輩に向けて。

一番思うことは、俺がこの代だったら悔しさしか出てこないだろうということ。みんなのように大人ではないので、たぶん最初はそれだけで、月日がたつにつれて、友達のありがたさや先輩後輩のありがたさが分かるのだと思う。彼女と星の椅子という歌の、「散々 今まで唄ってきて/開演待たずに「はい、カット!」/そんな、そんな終わり方はないよ!」という歌詞を思い出した。

その後、二次会へ。シュークリームをてっちゃんが買っていた。ホームであるだるまで、新しい代のいいスピーチが聞けた。曲者なのは隣のテニサーだったがしょうがない。話を聞くことに集中した。それが終わってから、ロータリーへ。タカフがひどかった。てっちゃんが言っていたけれど、俺の思いつき企画なアルバムとか、卵とか、フェアリングのお酒とかが引き継がれているのが面白かった。

ロータリーからカラオケに行くことになったが、しんやのカバンがあったので持ってきた。トイレにいくために家に帰ったらあまりに眠くて一瞬で眠ってしまった。25代は俺らが3年のときの1年で、やっぱり俺らの機体を見て「俺らがやってやる!」と気概を持ってやってきてくれた人たちも多かったよう。この物語はまだ続いている。

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