旅紀

WASA修学旅行3日目:今日も風はつよかった

昨日の飲みのおかげで朝は結構だるかった。タカフが起きていたけれど頭が痛い頭が痛いとうめいていた。みんなが朝ご飯を食べに行ってからタカフと2人で食べに行き、帰ってきた。きみcがレイトチェックアウトにしてくれたのでまったりでよくなったため、まったりと寝ていた。ひろきとかは朝からやる気Maxでスノボに旅立ってしまったようだ。

11時くらいにスキー場へ出発した。空は青く晴れていたけれど、スキー場は相変わらず強風だった。はじめから昨日のスノボの筋肉痛がきていて、靴を履いた瞬間からやりたくない、とか思った。けれどやっていればそんなことは忘れていった。きみcとてっちゃんは風邪らしくパトロールのところで寝ていた。

タカフと、どうせならてっぺんまで言ってみようぜ、と話した。途中に最大傾斜30度くらいの箇所があったけれどまあだいじょぶだろ、と見切り発車し、リフトを乗り継いでいくことにした。ゴンドラは今日も昨日も、強風のために止まっている。払い戻しとかあってもいいくらいだな、と思っていた。

雪が降ってきて、リフトに乗っている自分の腕とか、躰とかに落ちた。むかしからこれが好きだ。リフトに乗っているときに落ちてくる雪の結晶を観察すること。スキー場で降る雪は結晶が肉眼でもよく見えて、美しいと思う。フラクタル。結構いろんな種類があるもの。そんなことを考えてリフトに乗っていた。

f:id:salamann:20090221133000j:image

リフトに乗ってすすむタカフ

最終的に一番てっぺんまでたどり着いた。途中で寒くて死ぬかと思った。強風がときおり吹いてきていて、躰の熱を奪って、滑る意志を削っていく。頂上付近は、強風のせいか、寒いせいか、もはや人が少なくて、ゲレンデいっぱいを自由に自分で使えた。スノボ歴1日の俺にとっては転ぶことが仕事だったのでこの環境はうれしかった。

f:id:salamann:20090221133700j:image

寒いてっぺん

昨日で分かったことだけど、俺は躰の後ろ側のエッジを使って滑ることができなかった。ので、この広いスペースを使って練習していたらだましだましできるようになった。さらに、後ろ側から前側にやるターンもできるようになった。前側から後ろ側にやるターンは10回くらい転んで、その結果調子のいいときはできるようになった。ターンできるとスノボが楽しい気がしてきた。

けれどもう、昨日と同じで、リフトが完全停止した。しょうがないので、脚で上って滑ることにした。やっぱりこれをやるとかなり疲れる。やす・タカフ・俺で上っていって、滑った。やっぱり盛大に転んだ。ターンは斜度が低くないとできないなまだ、と思った。スキーだと速いほうが楽に回れるんだけどな。

そのうち、時間になって荷物を取りに行ったり、レンタルしてたものを返したりしてから休んだ。タカフが持っていたカップ麺を水出しにしたら寒かった。でかいストーブにあたってWASABANDで暖まっていたら時間になって、バスがきた。バスに乗った。帰りはタカフと歌を歌っていた。

深夜の新宿に静かにバスは到着し、暗いなか一行は解散し、ひろきとタカフと歌舞伎町方面へと歩きはじめた。風俗の勧誘をかわしつつ、たどり着いた歌舞伎町の次郎。ぺちゃくちゃしゃべりながら次郎に入り、「ニンニク入れますか」「全部」って言って食べた。途中からニンニクが辛くなってきたけれど、おいしかった。よかった。

f:id:salamann:20090221223800j:image

歌舞伎町の次郎

都庁前までタカフと歩き、夜の新宿を自転車で去った。

WASA修学旅行2日目:くらがおいしかった

暑くてあまり寝られなかったバスでは、しんやが単位の心配をずっとしている声を聞いてぼんやりしていた。ホテルに到着すると、暗い空からはしんしんと、大きな粒の雪が降っていた。仮眠室に行ってみたもののお腹がすいたので近くのコンビニまで行くことにした。白い雪は俺らが歩いている間にも降り続け、道路が黒から白に変わった。靴は濡れて滑った。

夜勤のコンビニで買い物をして帰りながらタカフとカップ麺を食い、雪まみれで部屋に戻った。雪で楽しくて寒かったので眠さを忘れていたけれど、部屋に戻ってみるとすぐに寝たくなった。みんなは風呂に行くと行っていたけれど、今日のために寝よう、と無理矢理座布団をかけて寝る体勢になった。しゅうへいに座布団を引きはがされそうになるのを耐えた。

1-2時間くらい寝たときは、ほんのちょっとしか寝ていないような錯覚に陥るときがあるのだけれど、まさにそんな感じで、起きた。そして起きて、スキー場にむかうバスに乗る。道は途中から雪があって、バスはスタッドレスタイヤだった。

f:id:salamann:20090220082600j:image

出発直前のタカフ

f:id:salamann:20090219082600j:image

ロビーの外。

レンタルしたボードはRossignolだった。ウェアとボードだけ借りて、てっちゃんに習いながら初めてつけてみた。スキー歴はもう15年(空白期間長い)くらいあるけど、スノボははじめて。だけど臆せずいきなりリフトに乗って滑り出した。斜面に対してエッジを立てるとずずず・・と滑れることが分かったのが5回くらい転んだ後だった。

それから4回くらい同じリフトに乗って、体前側のエッジを立てて曲がる滑り(なんていうのかわからん)をマスターした。誰にも教わらなかったので逆側で滑れなくなっていた。疲れてきたのとお腹がすいたのでスキー場の例の高いご飯食べるところでタカフとグラタンを半分こにして食べた。チョコがおいしかった。

午後はあまりの強風のためリフトが止まっていた。暇なのでタカフとそりで遊ぼうぜ!ということになり、わざわざそりを借りてきた。脚でスキー場を上まで上り、そりに乗るのを繰り返した。強風でひっくりかえったり滑ったり、雪で顔が痛くなったり脚が限界だったりで疲れたけれど、上るのも楽しかった。

f:id:salamann:20090220150400j:image

レンタルそり。

最後に2人乗りでそりで下側まで滑っていくときに、脚を前に出していたら雪を削ってはき出す車みたいに雪が全身にかぶり、滑りながら何も見えなくなった。こりゃあやばい!と思ったけれど楽しかった。ピンチになると楽しくなる。

そんなことをしていたらもうみんな宿に帰ってしまって、タカフと2人で待っていた。ストーブの前あかないかなーとか思っていたらあいて、ストーブでいろいろ乾かした。話をしていたら時間になったのでバスに乗り込んでホテルへ帰った。

部屋ではみんながぐったりしていて、てっちゃんに至っては寝込んでいた。お風呂に行こうぜ!ってことになって露天風呂へ。気持ちよかった。外の風呂でしんやが興奮して鼻血を出した。外は雪景色で、てっちゃんが女湯をのぞこうとしたけれど無理だった。

ご飯を食べてしばらくたち、飲み会が始まろうとしていた。。が、この時点でみんな睡眠不足と疲れで眠っていた。起きていたのはタカフ・しゅうへい・俺だけ。タカフが飲み会やらないんじゃないかと危惧し、てっちゃんが買ってきた「くら」の一升瓶を一人で飲み始めた。

そんなことをしていたら元気な女子たちがやってきて、てっちゃんが買ってきたおすすめのロゼをあけた。そしたら寝ていた奴らがみんな起きてきた。もはや飲み会やらないんじゃないかとか思ってたから、始まってよかった。

最初は微妙な感じだったけれど、しんやとゆいcの話で盛り上がった。しんやはたぶんあの話をしたかったんじゃないか、とか思った。自分の話を華麗に回避した。飲み会ははやめに始まったのでかなりの長丁場になり、どんどん人々は寝ていった。アラレは曲者だった。「くら」は水割りでずっと飲んでいたけど、おいしかった。やっぱり泡盛は水割りだ。

タカフがきみcと「妹が心配だ」というお兄ちゃんは心配性な会話をしていたのが楽しかった。そのあとのパンクバンドの話は半分くらいしか分からなかった。きみcはタカフにガンガン泡盛を飲ませたので、限界を超えたタカフは「限界を超えた面倒なタカフ」になり、最終的にその場で寝た。

その後でてっちゃんが起きてきて、多少話をした。どうやら酔っぱらいのテンションについていけないようで、風邪も引いているようで、また寝たようだ。最後にきみcと自分の話をして、やっぱ少人数に話す方がいいなと思った。最後に多少片付けて、女子は部屋に帰った。電気を消して、一番ラストになって寝た。結局最後まで残っていたのは、しんや・ゆいc・しらc・きみc・俺・やすの6人だった。

やっぱりこのメンバで飲めてよかった。てっちゃんが元気だったらもっとよかったけれど。

f:id:salamann:20090221005720j:image

写真撮りあったやつ。ちょうど目が隠れてた。

WASA修学旅行1日目:しゅっぱつ都庁

寒い寒い廊下でひたすら本を読む。スーツなのでひたすら寒い・・というのがこの日の試験監督バイトだった。寒い寒いいいながら終わった。10時に新宿集合ということで、100均でお酒用のコップを買った。家に帰ったらもう9時くらいで、時間がなかったので高速で用意して、自転車で都庁の下のバス停へ。

バス停に行ったら強そうな奴らがいっぱいいてびびりつつも中に入っていったら、しんやとかがじっと立っていた。そのうちてっちゃんとかが来て、新宿を出発する。ガヤガヤした雰囲気のなか、もうこれで卒業なんだろうなという思いもあった。しんやはバスの中で単位の心配をしていた。夜は深くなり、バスは北へ。

5日目:新宿へ帰る(7月30日)

実家で力尽きた俺は、夜に目覚めて夜ご飯を食べてからまだ疲れていたので寝てしまった。次の日、弟たちが髪を染めるというので、それを手伝うことにした。風呂場に行って、用意する。最初に弟がバカだったので液体が外にもれてアンモニア臭が漂った。フタをしめているのに中に注入しようとしたのがバカだった。

混ざってから頭に塗りたくった。高校生の弟は髪が短いので大量にあまり、大学生の弟にも塗りたくった。「1時間くらいほっとかなきゃだめだろ」と言って、みんなで録っておいた「ゲド戦記」を見た。しかし途中で時間がやってきたため中断し、様子を見た。高校生の弟はあんまり変化がなかったが、大学生の弟は赤っぽい茶髪になった。

その後、自転車で新宿方面へ向かう。学校に行ってまずゼミに出て、その日が終わって家に帰った。5日ぶりの家は、自分の部屋に違和感があった。それから今日まではひたすら過去問と研究をやっていた日々。もう院試まで10日くらいしかないな。

4日目:沼津→東京(7月29日)

真夜中の沼津を、背中に着替えや補給などを入れた、山には重すぎる荷物を背負いながら、出発した。まずは三島を目指す。三島といえば、水域で有名な、新幹線もとまる駅。いつか行って、富士山のわき水からなる水系を見てみたいと思っていた。でも今は夜、それはあきらめる。

とりあえずそれらしき方向に進んでみたものの、変な工場に出た。コンビニに入って地図を見たら、とんでもない方向に走っていたので方向を修正し、1号線へ。暗くてよくわからないけど、いつの間にか登りになっていた。街灯がなくなってしまうと走れないので、途中でなくなったらあきらめようと思っていた。

しばらく登り基調の道を、たまに来る大型トラックをよけながら上っていると、「箱根15km」という看板が現れた。そこからはひたすら比較的ゆるやかな登り。街灯がなくなる区間になると、道路の白線がぼやっと見える程度で他は何も見えない。音は虫の鳴く声だけ。夜の山はほんとに静かだと感じる。

箱根、上っていたらさっきまでの電車で眠かったのが吹っ飛び、楽しくなってきた。たまに大型トラックにひかれそうになりながら(それでも音がそれしかないので1km前くらいから車が来るのが分かる)、よく見えない道を進む。それでも大きな道なので、300mに一つくらいは明かりがあった。夜だし寝てないので慎重にゆっくり。

最初の15kmから、サイコンを見て数えていたら、どうやら箱根エコパークというところがその地点のようだった。ということでなんとかそこまで登り終えて、休憩する。時計を見るとその時点で午前3時。駐車場にはトラックが沢山いた。トラックの運ちゃんと会話した。

f:id:salamann:20080729030800j:image

箱根エコパーク。看板がしょぼい。

ト「さっき上ってたの見たよー!」

俺「え?途中でですか?」

ト「そうそう。若いねー」

俺「いやもうそんなに若くないんですけどねー」

とか言ってた。そこには仮眠をとっている自転車旅行者がいた。小径車の後ろにキャリアみたいのがついたやつだ。よくあれで上ってきたなあと思った。話かけようかと思ったけれど、結構本格的に寝ていたのでやめた。

これから下りだろうと思い、すでに寒かったので長袖のシャツを着る。そして出発した。しばらくは下りで、湖とか観光地らしきものが見えたりしていたが、途中からまた登りになった。なんてこった・・と思いながらまたしばらく上る。思ったより長いなーと思っていたら、最高地点がやってきた。例の「国道1号線最高地点」の看板を見つけた。

f:id:salamann:20080729034000j:image

かすかに看板が見える。最高地点。

もうこの時間では車はほとんど通らなくなっていた。多分4時くらい。そこからはひたすら下りだった。まだ真っ暗なので、カーブを見失うと50-60km/hのまま箱根の谷へ真っ逆さまだ。と思って「俺は死なない!」とか叫びながら下った。下りながらいろいろなことを思い出して、思ったことを全部叫んだ。そうでもしてないと暗いし眠いしで結構危険だなと思っていたのもあった。

自転車は夜道をそろそろと下る自動車より速い。なんかのトラックにおいついたので、そこからはそのトラックと同じ速度で下った。段々空が明るくなってきて、そして眠くなってきた。そして見慣れた「箱根湯本」の駅が左手に見えた。そこから小田原へ。明るかったが朝早すぎて誰もいなかった。

さらに早朝の道をひたすら走り、平塚あたりのマックで朝ご飯を食べる。朝だけど朝マックの時間ではないので普通。そこでも少し寝たいのを我慢してまた出発。ここらへんの道は何回か通ったことがあるので多少分かるようになってきた。朝の犬の散歩とかしてる海岸沿いの道を、一人眠たい俺は走っていた。

茅ヶ崎まできたら砂浜で寝ようと思いたった。134号にうつり、適当なところで海へ。サイクリングロードは朝早いにも関わらず多くの人が歩いていた。自転車を砂浜の手前の柵に止め、バインディングの靴を脱いで裸足になり、波がかからないくらいのところまで歩いていって、横になった。

f:id:salamann:20080729062600j:image

茅ヶ崎の海。

まだ朝6時くらい。暑くなくて気持ちいい海だった。走っているときは気づかないけれど、寝転がると眠さと疲れが襲ってくる。30分くらい、砂にまみれて仮眠した。ふと気づくと、犬を連れた男女が近くで、ものを海に投げて犬に取ってこさせるのをやっていた。犬は波を怖がらないのだが、毎回タイミング悪く海に向かうので波をもろにかぶって後退する。そんな繰り返しで、犬ももうちょっとタイミング考えて出たらいいのになとか思っていた。

そろそろ行かなくては、と思って茅ヶ崎の砂浜を後にした。辻堂のコンビニでガリガリ君を買って、地図を見た。同心円状に考えて、今すんでいる家よりも実家に帰るほうが近かったのでそこを目指すことにした。どちらも東京だし多分距離はさほど変わらないのだけれど。ということで藤沢まで走る。

藤沢で横に曲がり、湘南台、大和市方面へ。途中までは良かったけれど、大和市のあたりから朦朧としてきた。なんでこんなに疲れてるんだろうと思ったら、単に眠いだけだった。暑くなってきたので長袖のシャツを脱ごうと思ったら落車した。ヒザから血が出ていたけれど洗い流してまた走った。

246に入ったあたりからさらに気分が悪くなってきた。246の神奈川県エリアというのはとにかくアップダウンが多く、さらに朝の涼しさもなくなってしまったこの時間帯は辛い。10時を過ぎるとすでに10時間走っていることになり、体力・眠気が限界だった。パリ-ブレスト-パリを走る人とか凄いなとこのとき思った。

フラフラして道ではママチャリに抜かれる始末だったが、なんとか川を渡り東京へ。そして実家へ。母親と弟がいた。風呂に入って汗を流して、着替えたら、弟のベッドでいつの間にか寝てしまった。

3日目:京都→沼津(7月28日)

エアーベッドの上で起きてみるとすでに11時くらい。目玉焼きと納豆とかを食べて、今日どうしようかなーという話をした。伏見稲荷に行こうかとか言っていたら雨が降ってきた。雨雲レーダーは2時間後には止むと伝えてくれた。ということで部屋にいることにした。

外はまるで昨日のような、シャワーを浴びながら雷に打たれるような雨。このときはこの天候が今後の運命を決定づけるとは思っていなかった。しょうがないので本読んだり、話をしたりして過ごしていた。

しばらくすると雨が止んできて何とかなったように見えたので出発することになった。みにぱんさの家を後にして、川端通りを南下する。そうしたらまた雨が降ってきた。もう雨は慣れたので濡れながら鴨川沿いを走った。ユニクロかなんかで替えの服を買おうと思っていたんだ。

f:id:salamann:20080728152100j:image

鴨川沿いから三条付近を見たところだと思う。(勘)

f:id:salamann:20080728150600j:image

雨宿り中の京都のどこかの駅。

f:id:salamann:20080728152200j:image

この川側に出てるテラスみたいなのはなんなのだろう。(←無知)

駅について、18切符を買い、服どっかで買おうと思いきや見つからないので、阿闍梨餅を4つ買って、ホームへ。ここからが大変だった。まず、構内は大量の人であふれていた。そして電車はこない。

先ほどの雷雨で信号切り替え機みたいなのがやられたと、女の人のアナウンスがひたすら、壊れたレコードのように流れていた。しょうがないのでひたすら待った。全然やってこない。

f:id:salamann:20080728164500j:image

表示板によると70分遅れ?

ということで待ちにまって、2つめの長浜行きへ乗る。電車が止まって、再開するときの異様に混んだ車内で、分解して袋をかぶせてあるとはいえロードは邪魔になっていた。列車の速度は異様に遅く、さらに一駅一駅長時間止まっていた。米原に着くまで非常に長い時間を要した。

そこから乗り換えて名古屋に向かう。途中で一回乗り換えたら快適になった。だけど時間は刻々と過ぎている。今日中に東京に帰れるか、残り少ないお金で買った時刻表で計算してみると、もっともうまく乗り換えできて沼津で終電を迎えることが分かった。

ということですっかり暗くなった7月の終わり、一人東海道線に乗っていた。名古屋を過ぎてからの地名はますます謎になった。浜松で時間があったので、途中下車してカップラーメンを食べようと思ったら駅員から自転車について怒られた。カップラーメンがのびてやわらかくなってしまった。

静岡付近では電車の床に座る、頭の悪そうな奴らがやってきた。俺の自転車のおいてある床に座って訛りがあることばでアホなことをしゃべっているなあと思っていたが、自転車に危害を加えなくてよかった。騒ぎになると面倒。しかし電車の床に座るやつって東京では全く見たことないんだが地方では結構いるのかな。

結局、最後は激しく眠くなり、半分寝たまま沼津へ到着した。降りて、ながらの席の余りを駅員に聞いてみたけれど、ないらしい。ここで、ここから1号線を通って箱根を真夜中に越えるという恐怖のヒルクライムが設定された。コンビニで補給と地図を見た。

真夜中の沼津午前1時前、東京方面へ向かって俺は走りだした。

2日目:彦根→京都

部屋で目覚めたら思ったよりいい目覚めだった。たいてい飲み過ぎた日の次の日はひどくなるのになと思った。荷物を整理し、渡すべきものをうるに託し、下に行ってカップ麺を食った。少しずつみんなが東京へ帰っていくこの時間はなんとなく毎年好きだった。俺は結局最後まで残り、企画車や機材車を見送った。

自転車に乗り、黒い変な鞄を背負い、照りつける太陽の下、少しの距離を走って琵琶湖へ。落ちたCTが片付けているのが見え、プラットフォーム上はラストの東工大だった。風待ちか、なかなか飛ばないので橋のところまで戻り、CCレモンを飲んでいたら飛び始めた。しかしだいぶ落ちて、少し上向いたかと思ったらまた高度が落ちた。その後はなんとか飛んでいたけれど、どう考えても風が強くなってから飛んだよなあと思った。

f:id:salamann:20080727113600j:image

CTとプラットフォーム上の東工大。

それから琵琶湖に沿って南下。暑さと多少の二日酔いで気持ち悪くなってきたけれど、休憩しつつ進む。こういうような荷物を背中に背負っての自転車で一番の難点は、腰や尻を痛めることなので、そうならないようにフォームに気を配る。途中、右側が山で左側が田園というところで追い風が激しくなり、余裕で50km/h弱で巡航できるようになった。まるでプロだ。

f:id:salamann:20080727130400j:image

琵琶湖畔の田んぼ。

そんなことを思っていたら雨が降り出した。空が明るいので通り雨かと思いきや、じゃんじゃん降ってきたので琵琶湖に注ぐ、小さな用水の水門の陰で雨宿りをした。もう一人、同じところで雨宿りしている人がいたが、男か女かの区別もつかなかった。30-40分雨宿りしていたけれど止む気配がないので飛び出した。雨の中へ。

f:id:salamann:20080727133700j:image

雨宿りした水門。

飛び出て、雨が止むかなと思いきや全くそんなことはなかった。むしろどんどん強くなり、雷と突風も加わるようになった。道の脇にある電光掲示板はみるみる温度を下げていく。33度だったのが24度まで下がった。そのうち雷は、なにかが稲光と同時になにかが割れるような音がするようになった。つまり音と光の速度差を感じないほど近いということだ。

道路は排水能力を超えた雨水が常に5cmほどたまっていたので、水上レースのようだった。マリオカートみたいな。雨は本物のシャワーのような勢いで降り、視界は5秒でなくなる。そのたびに顔を手でぬぐった。琵琶湖側から吹き付ける風は非常に強く、防風林がない橋では左右の調整ができず、川に落ちるか車に当たるかを選ぶような状態になった。雷は横の変電所に落ちるのが見え、聞こえた。世界が割れたかのような音だ。

こんな嵐の中を走る経験はこれからの人生でもあまりないだろうと思い、そういう意味では非日常で楽しかった。表面的に起こっていることは全て辛かったけれど。1時間くらい雨の中を走ったらコンビニを見つけ、店の前で服を絞った。地図を確認して、琵琶湖大橋へ。

f:id:salamann:20080727150700j:image

琵琶湖大橋。

琵琶湖大橋を渡るときにはなぜか先ほどの嵐が嘘のように晴れ渡り、琵琶湖が見渡せた。数年前の機体はここを飛んだのかということをまず思った。湖面には何か養殖の網のようなものが見えた。渡りきってから、また南下する。途中で比叡山こっちという看板を見つけて行ってみた。山なのでヒルクライムだ。

しかし登り切ってみるとそこには「比叡山ドライブウェイ」の看板と料金所が見えた。自転車はお呼びでない雰囲気だった。料金所のおじさんと話した。京都に行きたいんですと言うと、関西弁で道を教えてくれた。訛りが違う日本語で喋るのが楽しかった。そしてここは関西なんだなと改めて感じた。

f:id:salamann:20080727153600j:image

俺に良く吠えた利口な犬。

道を下り、国道へ出た。ひたすら進み、今度は本格的に比叡山を通って京都へ向かう道、山中越を発見した。どんどん上る。しかし荷物を持ってのヒルクライムは辛い。比叡山延暦寺といえば信長に燃やされたイメージだった。しかしこの山道はラブホと採石場が主な建物だった。荷物と俺の腐った脚では、ややきつめの勾配の比叡山は辛かった。

f:id:salamann:20080727164700j:image

比叡山から琵琶湖方面を見たところ。

なんとかのぼり終わったものの、感動的な風景とか、峠を示す看板のたぐいはなかったのですぐ降りる。下りは基本的に車より速いので先に行っている車に追いつく。ということで最高スピードを出せたのは少しの区間だけだった。しばらく下ると、街に出た。通りの名前に特徴がある。京都に到着した。

f:id:salamann:20080727173100j:image

京都で待ち合わせ。

東大路通でみにぱんさにメールしてみる。その後電話した。行くべき方向が見つかったので適当に進む。それらしき場所についてまた連絡を取り、出会った。東京じゃない場所で会うと変な感じだ。家にお邪魔し、ずぶ濡れになって中途半端に乾いた体をシャワーで流した。経緯を話したりした。部屋はかっこよかった。

夜はラーメンを食べに外に行ったらまた雨が降った。麺の感じが好きなラーメンを食べ終わり、日本酒にゆず果汁を混ぜた酒とナタデココとかを買って帰る。また最近のこと、将来のこと、本の話などをした。TEZに電話かけたりしていたら眠くなってきた。空気でふくらませるベッドを貸してもらい、このベッド研究室用に買おうと決心しつつ寝た。

しんぺーたちの鳥人間

今年は鳥コンに行けないことになっていた。そんなことはもう、春から決まってしまっていたこと。それも自分のことでだ。自分たち(もちろん23・24の機体でだけれど)の機体とその結果があって、しんぺーたちのこの鳥コンにつながっている。TTの話も。そんなことはずっと、去年落ちた瞬間から考えていたけれど、結局24・25代の機体とその結果に、俺は貢献することができなかった。

そういうこともあって、何かあげたいんだとwasabandの人たちに言った。みんなであげるべきものを作った。でもそれでも足りない気がして、フェアリングの3年生に酒を買った。そしてしんぺーにメールでも送ろうかと思った、前日の暑くて寝られない夜、タカフに聞いたらもう寝てるだろと言われ、ビデオで思いを伝えることにした。俺は多分直接的な感情表現が下手だ。でも言いたいことは喋った。

それでも何もしてあげてない気がした。俺らはあれだけ苦労をかけたのに。そんな気持ちがあった。

当日の朝、もうすでに飛んでしまったんじゃないかと常に思いつつスーツを着て面接へ。30分待ってる時間が面倒だった。面接は4番目くらいに始まって、すぐに終わった。予告通りてっちゃんに渡すべきものを渡してから、着替えて、自転車で東京駅へ向かう。学割で新幹線の切符を買って、ホームへ。ホームで自転車にかぶせるビニール袋をもらって、時間まで待っていた。長かった。

てっちゃんが品川から乗ってきた。非常に汗をかいていた。新幹線の中では前日眠れなかったので眠いなと思っていた。ひろきから途中でメールが来たけれど怖くて見なかった。米原に着いて、在来線に乗り換え彦根へ。俺の自転車のせいで電車一本遅れてすまんと思いながら電車を待ち、彦根着。自転車の前輪のクイックのネジがなくなっていることに気づき、スポーツ屋に行って買って琵琶湖に急ぐ。

てっちゃんはサンダルだったので足が痛そうだった。異常に暑い琵琶湖までの道を急いだ。琵琶湖近くの暑い日差しの下、しんぺーとくにちゃんに出会った。何も結果は知らなかったけど、会えて良かったと、無事で良かったと思った。顔が赤かった。俺はどういう表情したらいいのか迷う。いつもそうだ、なんてまた自分のことを思った。それからしんぺーに琵琶湖畔の路上で、結果を聞いた。

詳しく説明してくれた。しんぺーは「実感がないです」と言っていた。くにちゃんは「でもきれいでした」と言っていた。俺も終わって実感がなかったなあと去年のことを思い出し、その後、宿に戻ってシャワー浴びながら泣いたのを思い出した。何が悔しいかって、もっと機体も俺も飛べると思ってたからだ。しんぺーがこれからどう思うのか、俺と違うのか同じなのか、どうなんだろうと思いながらしんぺーとくにちゃんと別れ、湖畔へ行った。

f:id:salamann:20080726150400j:image

てっちゃん。

f:id:salamann:20080726151300j:image

琵琶湖の砂浜

タカフとかひろきとかと出会って、片付けをして琵琶湖を後にした。宿に戻り、書き物をしていたら飲み会の時間になった。外はまだ暑く、卵を買いにいった。会場で色々面倒だった。一番渡すべきものがつぶれてしまう前に渡せたのは良かった。みんな見てくれたかなあ。その後は飲んだり割ったりしていたら、いつの間にか時間になっていた。ほんとに久しぶりの全力飲みだった。

f:id:salamann:20080726200900j:image

24代。

二次会でビール注ぎをしていたらタカフに出しゃばりすぎだ馬鹿者と言われたのでそれからはなるべく前に出ないようにしつつ、静かに3年生-もう引退するなんて信じられない-の話を聞いていた。みんなの話を全て、俺のくだらない記憶に換えて覚えてられたら良かったのだけれど俺は記憶力が人より遙かに悪い。でもあの場は一生聞くことのできないだろう話を、みんなから聞けた。俺は関係ないんだけど、ありがとうと思った。

その後はパイロットで話したりしていたら終わって、外でヤンにうざがられたりしていたらみんな帰ってしまった。フロントで鬱な話をしていた。その後はタカフとおっちーとyamaDとで罰ゲームつきじゃんけんをしてから、しんやの布団の開いている部分で寝てしまった。

後日、東京に帰ってきてからみんなのmixiをみたりブログを見たりしてまた色々思い出した。お疲れ24代!たまにはアルバム見てね!名簿の名前とか色々間違ってると思うけど、ごめん!

忍野八海と道志川と水域:山中湖旅行2日目

便所の前で寝ていたらてっちゃんに起こされた。8時にお湯を沸かして昨日寒い中買ってきたチリトマトを食べた。そのあともインスタントのものを作って食べ、出発。タカフはいっつもラストに起きる気がするな。トレーラーハウスを後にして忍野八海へ。と思ったらいきなり車と逆方向に行ってしまった。コンビニで地図を見たらどう考えても俺のほうが遠回りというかもはや逆方向。

遠回りしてがっかりかと思いきや途中の道はほんとにきれいだった。俺が自転車で走ると落ち葉が逃げていくように待って、横には富士山。ああこれは遠回りしてよかったわとか思いつつ到着し、うろうろして車を発見し、中へ。そうしたらみんなと出会った。

相変わらず湧き水で異様に透き通った池はきれいだったし、深い水の中にはサケ目の魚が泳いでいた。でももう何年も前に行ったときよりずっと観光地化していたのはがっかりだった。地元的にはそれが必然の方向なのかもしれないけれどどんなにすばらしい場所でも観光地化によっていずれそれ自体のすばらしさが失われてしまう気がする。ああいう水のきれいな場所が残ってほしいなと思う。

忍野八海の池のひとつ。

茅葺きと自転車。

その後、穴に行く車の人たちと別れ一人帰路へ。適当に進んでいたら山中湖に着いたので内回りで平野方向へ。道は秋が詰まっていた。

山中湖畔から湖方向。

富士山と空。秋は空が高い。

山中湖平野のコンビニにいた猫。俺の趣味のひとつ=出かけた先での地元の猫撮影。

コンビニでイチゴ牛乳とジャムパンを買って道志みちへ。昨日は暗かったから分からなかったけれど道は落ち葉と紅葉で美しかった。もう1,2週間くらいしたら山が燃えたように紅葉するんじゃないかと思った。でもそういうのは植生によって決まってくるのかなあとも思った。

こんな道をまずは登る。

山伏峠のトンネルの脇のところ。

峠は下りに入ってひたすら下る。車がこなければ風切音と自転車のラチェット音しかしない。黄色に染まった木と澄んだ水が流れる道志村の用水の道が本当にきれいで、ひたすら見とれていた。まさに自然と一体になってる気がする。ブレーキをミスるとほんとに自然に還ってしまうけれど。

山。紅葉のピークはまだかなという感じ。

道志川。多分この季節しか見れない光景。

山。やっぱり山伏峠より下はまだ緑が濃い。

写真でよくわからないけれど落っこちたら即死の高さ。道志川はきれいだった。

「人間がかかわっている」自然と混ざった「水域」っていうのが小学生からの俺の理想郷なのでこういうのが見られるとほんとに泣いてしまいそうになる。秋って空気が薄い気がしてあんまり好きじゃないけど今日は好きだった。道志川とその水域は美しかった。日本に生まれてよかったなあとか思いつつどんどん下っていたら山をいつのまにか過ぎて相模原へ。

橋本についてからまた町田街道→尾根幹で帰る。何故かここで激しく疲れて尾根幹では目も当てられない速度で巡航。中央分離帯の植生が気になった。ススキがクズにからまれているからもう何年も経っているんだろうなあと思った。実家に到着してシャワー浴びて仮眠・・・と思ったら必要以上に寝てしまって、せっかく授業に行くために帰ってきたのに授業に間に合わなくなった。情けない。

2日で走った距離:233.52km

時間:11時間23分

最高速度:64.4km/h

平均速度:20.5km/h(多分これは夜中にコンビニまで1時間以上歩いたせいだからほんとはこんなに遅くないはずw)

傷めた場所:左脚の関節

幸せな自転車と腐った脚と山中湖で夜の行軍:山中湖旅行1日目

4日の朝、普段の行いが悪いおかげであまり眠れず2,3時間寝て起きて荷物だけ持って馬場へ。もう集合時間の10時過ぎてるからみんないるかなと思ったらやすしかいない。とりあえずやすに荷物を預けて待っていたら人が集まり始めた。俺は自転車で行くのでそこから帰って準備をした。走ることが目的でなく手段だけど荷物は少なめであることにこしたことはないのでパンク修理系のものと鍵、ハートレートとウインドブレーカーだけ持った。この前の風張峠で寒さにはこりたから。

とりあえずルートは、

明治通り→甲州街道→鶴川街道→尾根幹→町田街道→413号→道志みち→山中湖CR→旧鎌倉街道

で。まず理工展へ。時間がないのでスピーカは作りたかったけれど作れなかった。前日に行っておけばよかった。ヤンが10時集合って言ってたのになあとか思う。外で機体を展示していて何人かと話したけれど去年とはフェアリングのできは雲泥の差だなあと思う。思えば3泊4日とかやってたのが去年だった。

天気が良くていい感じ。

フェアリング。フィレットも全部ついてる力作。

この時点ですでに12時少し前だったので時間的危なくなってきた。途中で実家によっておにぎりをあっためたのだけど、そこで荷物を整理していたらウインドブレーカーを置き忘れてしまった。格好は下コーデュロイで上がボーダーのロンTというこれから山中湖まで行くとは思えぬ格好だったのでここで置き忘れたのは致命的だった。

尾根幹。ローディが結構いた。

たまに出会う人たちは俺の中途半端な格好がおかしいのではないかと思ったのではないかと妄想した。

尾根幹はアップダウンをひたすら繰り替えす道で、人工的な広い道。しかし同じような地形が繰り返すから自分が進んでいるのかわからなくなるな。町田街道で橋本に向かい、橋本で413へ。山中湖に自転車で行くのはタイヤバーストで引き返したのを含めると4回目なのでもう道は覚えてる。時間があまりないので休憩はほぼ無し。最後の曲がり角を曲がって「山中湖46km」の看板が見える。

天気は晴れていて気持ちよかった。時間はないけど。もうこの時点で15時くらいなので帰ってくるローディと結構出会う。あの人たちはこんな時間から上るなんて、と思ってたんじゃないかとか思った。調子は悪くなく結構予定通りに進む。でも段々曇ってきて、さらに陽が傾きかけてくる。つまり暗くなってくる。不安は増す。

道志の道の駅で。秋が感じられる。

進むにしたがって紅葉は濃くなってくる。相模原ではまだまだだと思っていたけれど。最後の山伏峠は今までで一番楽だった。多分今までで一番荷物が少ないからだと思う。しかしどんどん暗くなってくる。それから道の駅から峠まではほぼ8.0kmくらいだった。毎回長さを測っては忘れるのだけど。

峠から下を見たところ。すでに陽は落ちかけている。

峠からのくだりはあまりにも寒いのでロンTの中に道の駅でもらってきた紙を入れて降りた。でもかなり寒くて限界が近づいてきた。平野まで降りると剣道部の合宿を思い出す。山中湖を内回りに半周して逆サイドへ。すでにこのころ真っ暗で車がこないと殆ど見えなかった。逆サイドのセブンで初の補給。ホットココアとジャムパンを食った。そこからさらに真っ暗な旧鎌倉街道を走る。

目的地らしきところについたときにはかなり寒かった。真っ暗な上に誰もいなくてほんとにここなのか心配になってきていたら、管理人のおばちゃんが来て中に入れてくれた。トレーラーハウスに泊まるの初めてで色々観察した。ドアのたてつけとか便所のドアがないこととかがアメリカンな感じだったけれど快適だった。待っていたらみんながついた。

キッチン・便所・シャワー・テレビ完備。暗くてなんだかよく分からない写真だけど。

外でタカフとやすが火をおこしているのを見つつ中でまったりしていた。そのうち買出しに行ったてっちゃん+アラレが帰ってきてバーベキューが始まった。ビールで乾杯。肉と焼きそばとか食べた。ギターがあったのでギターを弾いたりして、そのうち寒くて中に入った。中は暖房が効いているのでみんな眠くなってきてどんどん寝始めていた。さらに時間が経ってみんな寝るモードになったので外に買出しに行くことに。

俺が自転車で近いと思っていたローソンは意外に遠くて寒い中てっちゃん、タカフ、きみちゃん、俺の4人はとぼとぼ歩いた。しかし寒かった。ローソンで色々買った。外でアイスとカップメンを食って復活し帰路へ。帰りにお稲荷さんへ。鳥居をいくつもくぐって狐ににらまれつつ鈴を鳴らそうとしたらパッと明かりがついた。そういうしかけになっていたらしい。

帰ったら2時ごろであんまり飲まずにみんなが寝てしまった。しょうがないので歯を磨いて布団を集めて廊下で寝た。どうやら布団はぷん太のを奪ってしまったらしい。