2009年 8月 の投稿一覧

夏の戸山と残る課題

昨日は昼に研究室へ。先生と打ち合わせを行う。先生が久しぶりの打ち合わせを気合いを入れたのか、大量の資料をもらった。論文10本。合計300ページ近く。これはいつになれば読めるようになるのだろうか、なんて考えつつ打ち合わせ。研究の方向性がちょっと見えたり、自分で探さなければならなかったりすることを発見した。自分で企画をひねり出すのは楽しい作業。実際に実行するのはひたすら作業だけれど。

夜、家で以前かいた衝撃波管のプログラムが見つからず悩んでいたらおっちーから電話があった。「戸山来てください戸山!しんぺーさんも来ますよ!」と一方的に伝えられた。今日行ったら明日提出の何もやっていない課題を出せずに単位を落とす・・という危機感があったのでとりあえずはあまり行こうとは思っていなかった。

パソコンをどんなに探しても昔自分が書いたプログラムが見つからないので、前の研究室にあるに違いないと思い、10時半くらいにでかけた。研究室について、NASを探し出してみると、まさにそこには懐かしのmyコードを発見!よかったのう。よかったのう。と思って、ちょっと様子でも見ていこうかなと戸山へ。

行ってみたらうるとかおりんとみやのんとあと誰かが帰るところだった。聞いてみると、しんぺーおっちーひっしーが酒を買いに行ったというのでAPの方向に行ってみたら発見した。そしてそのまま夜の戸山飲みへ。最初は飲みプロがなぜ誕生したか、とかを話していたけれど、昔話はみんな聞いてもしょうがないので26代の話を聞くことにした。

26代の一人一人について、どういう人だとか、何をやっているかとか、誰と付き合ってるだとか、なんかいろいろ聞いた。そしてメモした。いま手元にメモがあるけれど、これを文字に起こしてもしょうがないのでいいやと思う。結構面白かった。結構人数多いなあと思う。来てるか微妙な人含めて30人くらいいるらしい。

それからいろいろ話してから吉野家へ。吉野家に入る前に、日高屋にちょっと浮気したけれど結局吉野家に行った。紅ショウガを大量に載せて食べた。牛丼久しぶりに食べた。そのままコンビニでカップラーメンを買っていたら、おっちーが嫁に呼ばれたとのことで帰ってしまったのでしんぺー・ひっしーと3人で戸山へ戻る。日が明けるまで、就職の話とかした。しんぺーと話しているとすごいなーと思える。ひっしーはお酒が弱点だけど飲みプロチーフになったらしい。戸山で夜が明ければもう立派な飲みプロじゃないかな。

話していて思ったのは、そうかほんとに25代は引退したんだなということ。時が過ぎるのは早すぎる。俺らが飛ばしたときに踊っていたあの25代ももうすでに引退したなんて。そして俺が現役のときにはまだ大学にすら入っていなかったひっしーたちがこれから引っ張っていくなんて。

そしてもう一つ、夜の戸山はいい。セミの音と蚊に悩まされながら、いろんなことが話せる。やっぱり自分の原点が公園飲みだと思うし、カラオケにいくよりずっといい時間を過ごせる。朝まで語り合う(たいしたことは喋っていないけれど)のはカラオケではできない芸当だと思う。朝になっても気持ちは晴れやか。むしろ昨日より元気になったと思った。

そしてラウンジに寝に行ったしんぺーたちに別れをつげ、家に帰った。もちろんレポートは全然やっていなかったので、そのままぶっ続けでコードを書いた。朝まで話せたからかな、とか思う。超集中してコードを書いたら朝7時半くらいに完成し、そのままデバッグしてレポートを書いた。気づいたらちょっと寝ていたけれど、そのまま学校へ行って勉強会の打ち合わせをしてからレポートを提出し、終わる。あと残りはレポートひとつ。研究の課題は山ほどあるけれど。

そしてついにあと1週間に迫ったインターン。寮ではネットが使えないという情報を得たので生きていけるか心配だけれど、その分人と話したり本を読んだり散歩したりできるはず。

携帯を変えて撮った、この記事には関係ない写真。AFが微妙。

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苔。

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勝浦の漁港でたたずむ。

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磯のタイドプール。

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早稲田の珍味最終日の行列。

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崩壊しそうな養老の滝入り口

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養老の滝にいた猫。

来年にかける思い

あつい夏がきてまた今年も鳥コンの季節がやってきた。鳥コンはなかったけれど、すばらしい機体とパイロットだなあと本当にある意味うらやましかった。あつい夏だった。

まず、3日の午後5時に打ち合わせということでラウンジに行った。あんまり人がいなくて、どうなのかなーと思った。天気予報では確実に雨だったので雨降ったらどうするのだろうと思ったけれど、Alumniのかたがたはあまり何も考えていないようだった。予備日なんでないんだろうなーと思っていた。

飛行ロボットの打ち合わせをしてからいったん家に帰ったら9時。高速で風呂に入り、着替え、用意をして家を出て10時に学校についた。みんなが出発しようとしているのに出会い、Tシャツを受け取り、出発した。荷物をこのとき車に入れてもらえばよかったと心底思った。

k山さんと久しぶりに自転車。昼間に風洞の引越しという肉体労働でつかれきっていたトレーニングしていない俺は、「トレーニングの休養でまったり走り」と言っていたk山さんにずっとくっついて走った。最初しか前でひかなかったのでなんとかなった。夜の6号線はトラックが結構走っていた。のぼりで加速されたところではおいていかれた。

ほんとは我孫子で右に曲がるはずが、気づいたら取手まで行っていたのでそこから川に沿って下ることに。めっちゃ暗くて、最後はかえるの鳴き声とたんぼしかなくなっていた。k山さんのGARMINのGPSはすでに道がなく、新しく道を作っている状態だったので、k山さんの携帯のGPSがかなり役にたった。2時前に大利根に到着した。

それから組み立てを見てたりみんなと話したりしていたら、尾翼のシャフトか何かがないから自転車のクイックを使えるかな?という話になり、クイックを抜いたらたけのこバネがどこかに飛んだ。しばらく探したけれど見つからなかったのであきらめた。てっちゃんの車で寝ていたらいつの間にか機体は飛んでいた。見るのを忘れるところだった。やすに感謝。

風が強く、操縦が非常に大変そうだった。しかしよくあの風の中飛ばしたなあと思う。ハマジがすごい。作ったみんなと設計も。時折聞こえてくる風速は、自分の実感より低めにでている気がした。2-4m/sくらいでていた気がする。しかも左前からの風だったように思う。最後に飛び切りするかなと思いきや、時間がないのと風によって中止になり、代が変わった。

その後ぽつぽつと雨が降ってきて、海岸へ。海岸では現役たちが海に投げ込んでいるのをタカフと遠目で眺めていた。OBなのに投げられるの期待するのとかやだよねとか話していた。その後、二人でおくを投げることにして運んできていっしょにダイブした。そしたらメガネがなくなった。タカフのメガネは奇跡的に見つかった。俺のメガネは1年くらいの寿命であった。

その後関係者各位に謝りにいこうということになり、ヨシオに聞いたら現役に・・と言っていたけれど、今日の飲みはそういうことはなす場じゃないしどうしようとタカフと話していた。この場でお詫びします、みんなOBが迷惑かけてごめん。その後、風呂に行ってから理工へ。風呂では券がいっぱい余っていた。

その後、車ではみんな寝そうだったのでしんやの横に座ってしんやと話すことにした。インターンの話とかした気がする。案の定みんな寝ていたので、しんやと話していてよかった。話せて楽しかったのと、しんやが寝なくてよかったのとw理工について、一次会会場へ。毎年、スピーチがみんな聞けるかどうかの環境がすごい気になっていたのでまずチェックした。

時間が非常に押していたのがまた気がかりだった。スピーチが始まったけれど飲みのときにコールがかからないのとかが気がかりだったので、こうすけの隣に行き、ビールサーバーをやることにした。去年もこんなことをやっていたなと思った。1・2年はこの話を心に刻んで欲しいと思い、聞いてくれているだろうか、と思っていた。その合間にビールを注ぐ。ピッチャー5杯くらい頼みに行った気がする。

スピーチはほんとによかった。みんな、感謝と悔しさと、この2年半の思いを語ってくれた。こういうことばを聴くために生きている気もする。いい場だった。俺がでしゃばってビールサーバーをやっていた以外は。いくつかいいことばをメモしたのだけれど、メモした紙を忘れてしまった。でも覚えている。ある人は涙とともに、ある人は後輩に向けて。

一番思うことは、俺がこの代だったら悔しさしか出てこないだろうということ。みんなのように大人ではないので、たぶん最初はそれだけで、月日がたつにつれて、友達のありがたさや先輩後輩のありがたさが分かるのだと思う。彼女と星の椅子という歌の、「散々 今まで唄ってきて/開演待たずに「はい、カット!」/そんな、そんな終わり方はないよ!」という歌詞を思い出した。

その後、二次会へ。シュークリームをてっちゃんが買っていた。ホームであるだるまで、新しい代のいいスピーチが聞けた。曲者なのは隣のテニサーだったがしょうがない。話を聞くことに集中した。それが終わってから、ロータリーへ。タカフがひどかった。てっちゃんが言っていたけれど、俺の思いつき企画なアルバムとか、卵とか、フェアリングのお酒とかが引き継がれているのが面白かった。

ロータリーからカラオケに行くことになったが、しんやのカバンがあったので持ってきた。トイレにいくために家に帰ったらあまりに眠くて一瞬で眠ってしまった。25代は俺らが3年のときの1年で、やっぱり俺らの機体を見て「俺らがやってやる!」と気概を持ってやってきてくれた人たちも多かったよう。この物語はまだ続いている。