さて、前日から興奮して眠れず、朝6時くらいから横になって寝ようと努力したものの駄目だったのでしょうがないから起きていようとして、頑張った。朝ごはんを食べ、ひたすら重くてでかい段ボールを担ぎ、外は雨が降っていたのでカッパを着て、8:30ごろに出発。

歩いて行く途中の道で、園児がお母さんといっしょに登園している姿が見かけられたが、カッパをきてフードをかぶり、雨の中ありえないサイズの段ボールを担いで「ハアハア」息を切らしている姿は危険な奴に見えたらしく、だいぶ避けられていた。

9:00ころに根性で駅に到着。もうこの時点で筋肉が痛い。各駅の一番端っこの車両に乗っけて進むことに決めた。乗ってくる人がだいぶ変な目で見ていたがあまりもう気にしなかった。眠かった上に筋肉が痛かったので。自分で書いた「FRAGILE」が気になった。

新宿で山手線に乗って日暮里へ。もう周囲の目を気にしてもしょうがないので何も思わないことにした。ひろきは俺より30-40分遅れ、たかふはトラブルがあったらしくさらに遅れていた。間に合うのか不安だったがもう考えてもしょうがないので日暮里で成田行き1000円の切符を買って、特急に乗り込む。海外に行く人たちの荷物が多く、多少目立たなくなったのではと思った。

そのうち空港について、カートに乗せて運んだ。カートがあるおかげでとっても楽になったが改札をもちろん通らなかったのでカートだけ駅員に通してもらった。すぐにパスポートを見せるところがあって、それからどんどん進み、車椅子用のエレベータを使って4階のターミナルへ。

ひたすら眠い中、液体類は持ち込んじゃだめだよという紙をそこらへんにいたおっさんにもらい、自転車のまわりをぐるぐる回って二人の到着を待った。そのうちたかふが到着。自転車の梱包は段ボールを組み合わせて作ったもので、サドルとかが外に出ていた。そのうちひろきが到着。航空券を替えてもらい、通るかどうか怪しかったX線検査(大きさ的に自転車の箱ははいらなそうだった)も通った。両替するところで京成線の1000円だけを残してドルに変え(でも$44)、飛行機に乗り込み出発。

飛行機は大韓航空らしく韓国語の表記と英語の表記が主だった。B777-300。機内食でビビンバを食べた後ひたすら眠たかったがあまり眠れなかった。機内はすいていた。券が安いわけだなあとか思った。ロサンゼルスのガイドブックとかを見たりして過ごした。

なんだかよくわからないまま到着が近づいた。カリフォルニアだからいつも晴れてるだろうという予想は外れて、曇っていた。気温は68度。なんだか高いのか良く分からないが外はそんなに暑いわけでもなかった。不安視された荷物はやっぱりいきなりアメリカナイズな「蹴る」という方法で自転車が到着。他の段ボールは激しく転がっていた。

入国審査。webcamみたいなのがついたところでアメリカ人と初めて会話。むすっとしたおっさんだった。なんか早口で聞かれたら分からんだろうなと思っていたら、目的と滞在日数くらいしか聞かれなかった。「sightseeing」「6 days」これだけ。Tom Bradllyに到着。そこから出て、まず空港のvisitor’s centerへ。

そこのおばちゃんと会話してみるのだけれど、たかふ英語が通じないのかあまり役にたたなかった。宿を探すのも安全な道を探すのも全然だめ。最後には自転車でHollywoodに行くのはcrazyだといわれる始末。眠い中いらつきながら、しょうがないので自転車を組み立てることにした。たまに空港内にTREKの警官が通るのが面白かった。アメリカンなお菓子のにおいが甘ったるかった。

そのうち組み立て終わり、段ボールはそのままにしておけば捨ててくれるらしいのでそのままにして、外にでた。外は晴れていて空港に来るバスとかタクシーとかが大量に行きかっていた。日本と違う右側通行の道路をいきなり走るのはなかなか怖かったので最初はゆっくり。

空港から出たところでSepulveda Blvdに入り、さらに少し先でLincoln Blvdへ。空港の近くは治安が悪いという風の噂があったのでビビっていたのだけれど、それよりも道路の広さとすぐ上を飛行機が通る環境にびっくり。道路は片側6車線あった。少し行ったところでスーパーがあったのでそこに入る。自転車が盗まれないか心配。

アメリカにいって最初に入ったお店がスーパーというのはなかなか面白かった。何もかもでっかいサイズで売っていた。ゲーターレードの色が気持ち悪かった。そこでそれぞれのゲータレードを買って、$1のでかいパンを2つ買って、クリームチーズと鳥を焼いた奴を買った。

少し行ったところにLoyola Marymount Universityという謎な大学があって、そこにきれいな芝生があったのでそこで食べることにした。何故かベンチが置いてあって、なんだろうなとかいいつつ自転車を停めていたらBigBlueBusの停留所だったようだ。芝生と噴水のところで食べた後、また走ってとりあえずVeniceに到着。賑やかだった。

泊まれそうなHostelを探していたのだけれど、かなり治安が悪そうだったので諦めることに。ビーチクルーザーの本物を初めて見た。少し戻って探してみたけれど既につぶれていたりして宿探しは難航した。しょうがないのでSanata Monicaまでいって探すことに決める。またLincoln Blvdを通って。

Santa Monicaまで行って、Visitor’s CenterがあるはずのSanta Monica Placeっていうデパートみたいなのに行ってみたのだけれど、見当たらない。しょうがないのでそこのGuest Centerの女の人に聞いてみた。空港のおばちゃんとはうってかわって素晴らしい対応。安い宿を教えてくれた。

そこから3rd st Promenadeに行って、そこにあるVisitor’s Centerを探した。またも見当たらない。つぶれたのか?と思っていたら、道の真ん中にある出店みたいなところにいるおばあちゃんがそうだったようだ。道理で見つからなかったわけだとか思い、聞いてみる。やっぱり同じさっきの人と同じHostelがいいんじゃないかと言っていた。

そういうわけでそこに行ってみたのだけれど、もう宿はいっぱいで泊まれないという状況らしい。ここらへんから俺はあせっていた。しょうがないので探していたらMotelを発見。そこで交渉開始。ひろきが頑張って値切る。「$80,OK?」の一言で最後は$77くらいになった。USAでは部屋単位で料金が取られるので1人$26くらいだ。そこでくたくたに疲れていたので部屋に行った。安い割になかなか広い。

それから買い物とご飯を食べに外へ。Albertsonsとかいうスーパーへ。ここでいろいろ買った。12個入りのかみそりとか、夜飲むジュースとか。気持ち悪い色のお菓子とかが売っていた。途中で殉職されたひろきのゲータレード(道で落として車につぶされる)も買った。パンにつけるチリソースの缶詰も買った。売り場で後ろを人が通るときに「Excuse me」といわれた。ほんとに言うんだなと思った。

てつーに話を聞いていたTacoBellへ。タコスを食べる。注文を聞いていた人に注文を出すのもなかなか通じなかった。なんか良く分からないタコスを二つ買い、食べた。味が濃かった。辛いチリソースみたいなをのをかけて食べた。たかふは注文をミスったらしく何故か同じのを3つ食っていた。ドリンクはドリンクバーみたいになっていて勝手についで飲んでいたが良かったのだろうか。

さらに部屋に帰ってからぐったりして、それから3rd st promenadeに音楽を聴きに行った。さらに本屋にいって自転車見張り役のたかふを除いて地図を探して買った。この地図はのちのちいろいろ役立った。そうこうして部屋に帰り、眠かったので寝てしまった。