桐島、部活やめるってよ。っていう映画を昨日見た。JeanさんがTSUTAYAに行って借りてきて見るっていうポストをしていて、そういえばそんな映画見たいと思ってたなあと思い出した。そうしたら居ても立っても居られなくなり、近所のTSUTAYAへ自転車で走った。カマスとかイワシとか納豆とかを横のスーパーで買い、その後にTSUTAYAへ。

TSUTAYAで本を3冊買い、レンタルをやってる2階にいった。できればブルーレイのほうがきれいだしそれがいいなと思っていたけれど、ブルーレイは借りられてるのかはじめからないのか分からないけれどなかったのでDVDで妥協した。

家に帰ってきて、買ってきたカマスとイワシを食べながら見た。ここから先は、映画の内容を含むので、この映画をまっさらな状態から見たいという人は見ない方がいいと思う。事前知識がないほうが大抵映画は感動が大きい気がするし。

はじめに思ったことは、映画が非常に写実的だったこと。映画が写実的っていうのはちょっと頭が悪そうな表現だけれど、実際思ったのはそういうことだった。口に出して人に伝える言葉はあくまで思ってることじゃなくて、選んで出てきている言葉だっていうこと。言葉に出さないけどこういうことを思ってるんだろうな、って考えるのがすごく楽しかった。なんと言ってもそのほうが圧倒的にリアル。

日常生活で、例えば、「愛してる」って言った方が素早く自分の意志は伝えられると思う。だけど、実際にそれが見えてくるのは、他の言動だったり、行動だったりする。自分では、自分が見える範囲しか見えないけれど、この映画の場合はいろんな人の視点から見えるからそれが染みこむように心を動かす。そんな写実的な感じが好きだった。高校生ってそんな感じだと思う。

次に思ったことは、いろんな人が1つの評価軸じゃなく生活してて面白かったこと。映画部の主人公は客観的に見るとどう考えても非リアだけど、きっとあんな形で部室にこもったり、好きな映画を撮ったりしてるのはほんとにあのときしかできないことで、そういう意味で誰よりも尖ってるし充実してる。

「セックスしまくりの帰宅部とセックスしてない部活の鬼だったらどっちになりたいんだよ」って言う言葉があったけど、たぶん人によって選ぶのが違うんだろうなと思う。前者は大人になってもできそうだな、と今は思える。高校生のときどう思ったかはもう俺は高校生じゃないのでよく分からなくなってしまった。

自分自身はこの主人公の映画部でも、リア充の帰宅部でもなく、どちらも混ざったようなものだったと思う。そのときしかできないことを突っ走って怒られたり、最高に楽しかったり、どれだけロックに反抗できるかなんて考えてたりした。もう1回高校生を、「強くてニューゲーム」でやってみたいって久しぶりに思った。けどたぶん今の気持ちでは昔ほど楽しくないんだろうな。

もう一つ、一見救いがなさそうに見えるのがこの映画のいいところ。好きな女の子は自分とは全く違うちゃらそうな奴と付き合ってるし、吹奏楽部の地味な女の子はかっこいいけど頭が悪そうな彼女いるやつが好きでいつも見てるし。バレーが下手なやつは必死にやってもうまい奴には勝てず、毎日練習してる野球部のキャプテンは才能がある幽霊部員を、勝つために誘う。できる奴はなにやっても出来るけど、出来ない奴はなんでもできない。そういう妥協しない感じが良かった。

もちろん、救いがなさそうに見えるだけで、実際は世の中ひとつの数直線上で評価されるわけじゃないんだぜ、っていうことも思わせてくれる。何が幸せで何が楽しいかは人によって違うし、社会によっても違うし、時代によっても違うと思うんだけど、やっぱり1軸じゃない。そんなことがじんわり伝わるのがいい。

もう一回見たら、また思うことも違いそう。また見たい。

桐島、部活やめるってよ(DVD2枚組)
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