2006年 9月 の投稿一覧

峠の上で僕と握手

今日は自分で計画した峠ツアーだった。何も目覚ましとかかけずに寝て、朝6時に目が覚めて、俺すごいなとか思っていたらまた寝てしまって、7:10くらいに目が覚めた。集合は7:00だったのに。というわけで急いでWASAジャージに着替えて、納豆ご飯を食べて、出かけていった。電通大でやすと合流し、八王子へ。甲州街道は途中で混んでいた。おもちゃ屋の前で待っている一年生たちと出会った。

合流後もなぜか俺がひいていって陣場街道をひたすら西へ。前に真っ暗なときに進んでいったときにはわからなかったのどかな風景が広がっていた。とりあえず峠の下のバス停を目指すことに。途中で雑貨屋みたいな店に入った。パンの品揃えが恐ろしく悪く、あまり食べたいものが見つからなかったのでブラックチョコを買って食べた。キャラメル買っていたこーすけとかがいいチョイスだった気がする。そこででっかい蛾をみた。

そこから少しいったところでバス停に到着。出発する前の写真をとったり、どうやってTT(タイムトライアル)をやるかとかを考えた後、全員一列になってスタート。少し行ったところでしんぺーのルイガノがチェーンが外れたようだ。最初は多少飛ばしていたのだけれど、すぐ傾斜がおかしくなって俺の最も軽い39*25でひたすらこいだ。後ろも前も誰も見えなくなって、静かな森で鳥のさえずりが聞こえる中、ひとりで心拍数170-175あたりの感じで苦しかった。

何度も足をつきたいなと思っていたけれど、ここで足をついたら負けだと思い、腰がめちゃくちゃ痛くなってきたので引き足だけでほぼ登っていた。峠まで後何キロっていう表示が適当で、サイクロコンピュータと合わなかったのでもう考えないことにし、がんばっていたら峠の小屋らしきものが見えて、到着した。21分45秒。20分は切りたかった。和田峠の石碑みたいなのに自転車をかけて他の人を待った。

それから20分くらいかけて無事全員ゴールし、写真とったり、ルイガノのインデックス調整をしたりして休憩。峠のおばちゃんは期待通り癖がある人だった。一年生はリポDを飲んでいた。峠でまっていると、ロードの人とかママチャリで上ってきた人とか次々に現れた。車より自転車が通る量のほうが多いんじゃないだろうか。そこから先はダウンヒル。

65km/hを超えることを願っていたけれど、最高で61.2km/hだった。まあビビッてしまうのはしょうがないだろうと考えていたりすると、トンネルの前にのぼりがあらわれて、そのトンネルを出たら相模湖だった。湖畔で昼ごはんを食べようと思いついて、セブンにいって買い物。タバコ吸ってるコルナゴの人がいた。アイスを食い、カップめんを頑張って自転車で運んで、公園に到着。きれいな公園だった。そこでご飯を食べたあと、まったり食休み。

なぜだかここで長い時間ぼーっとしてから、大垂水峠に向って出発。少し走ったら峠のアプローチに入った。でも和田峠よりはずーっと楽で、速度も20km/h弱でていた気がする。後ろにヤンとしんぺーがくっついてきていた。峠で全員の到着を待って、そこから下り。

しばらく走ると八王子に入ったようでそこからしんぺーの家へ。途中の坂が結構きつかった。豪邸でアイスをいただき、犬に吠えられ、まったりしたのち出発。多摩川から多摩サイを通っていくことにした。珍しく風が海風じゃなかったので先頭を33-34km/hをターゲットにして引っ張った。みんなついてきていて、途中で有名な青い自転車屋へ。STIの先っぽを買うかどうか悩んだ。リカンベントを見かけた。

そのあと、俺の家によったはいいものの、友達に出すようなものがなく、しょうがなくマジフレとお茶を出した。着替えて格納庫へ。途中、ヤンが引っ張った。甲州街道はひたすら混んでいて夜の暗さの中を車のテールライトをかき分けて進んだ。新宿で曲がって格納庫へ。

てつーとたかふさんが待っていたが、みんな疲れていたので眠りモードに。その後、99に行ったりしてからバラバラに帰り、てつーとたかふと100均居酒屋に行こうとしたもののもう既に閉店だった。しょうがないのでそこで買ってきたお酒を飲んでこんにゃくを食べていたら、上から人が降りてきてもう閉めるよといわれ、道路で飲む事に。ライブハウスからでてきた人たちがしゃべっている路上で座って飲んだ。

遅くなってきた上、明日は朝から取材が来るとかいう話だったので、帰るのが億劫になり、たかふんちに泊めてもらうことに。行ってみるとやっぱり疲れていたらしくすぐに寝てしまった。

クオーターが余って。

さて久しぶりに書く気がする。とはいっても後10分で授業が始まってしまうのでちょっとだけ。LAにいって帰ってきたのでその顛末記を書こう。書いておいたほうが忘れなくていい気がする。そして沖縄の4日目も。昨日はトレーニングでレベル6が30分いった。では。30日に行く和田峠の計画もそろそろ考えないとなあ・・。そういや面白いかと思ってグラフに摂取カロリーも加えてみた。

大韓航空の機内食はビビンバ。1日目。

さて、前日から興奮して眠れず、朝6時くらいから横になって寝ようと努力したものの駄目だったのでしょうがないから起きていようとして、頑張った。朝ごはんを食べ、ひたすら重くてでかい段ボールを担ぎ、外は雨が降っていたのでカッパを着て、8:30ごろに出発。

歩いて行く途中の道で、園児がお母さんといっしょに登園している姿が見かけられたが、カッパをきてフードをかぶり、雨の中ありえないサイズの段ボールを担いで「ハアハア」息を切らしている姿は危険な奴に見えたらしく、だいぶ避けられていた。

9:00ころに根性で駅に到着。もうこの時点で筋肉が痛い。各駅の一番端っこの車両に乗っけて進むことに決めた。乗ってくる人がだいぶ変な目で見ていたがあまりもう気にしなかった。眠かった上に筋肉が痛かったので。自分で書いた「FRAGILE」が気になった。

新宿で山手線に乗って日暮里へ。もう周囲の目を気にしてもしょうがないので何も思わないことにした。ひろきは俺より30-40分遅れ、たかふはトラブルがあったらしくさらに遅れていた。間に合うのか不安だったがもう考えてもしょうがないので日暮里で成田行き1000円の切符を買って、特急に乗り込む。海外に行く人たちの荷物が多く、多少目立たなくなったのではと思った。

そのうち空港について、カートに乗せて運んだ。カートがあるおかげでとっても楽になったが改札をもちろん通らなかったのでカートだけ駅員に通してもらった。すぐにパスポートを見せるところがあって、それからどんどん進み、車椅子用のエレベータを使って4階のターミナルへ。

ひたすら眠い中、液体類は持ち込んじゃだめだよという紙をそこらへんにいたおっさんにもらい、自転車のまわりをぐるぐる回って二人の到着を待った。そのうちたかふが到着。自転車の梱包は段ボールを組み合わせて作ったもので、サドルとかが外に出ていた。そのうちひろきが到着。航空券を替えてもらい、通るかどうか怪しかったX線検査(大きさ的に自転車の箱ははいらなそうだった)も通った。両替するところで京成線の1000円だけを残してドルに変え(でも$44)、飛行機に乗り込み出発。

飛行機は大韓航空らしく韓国語の表記と英語の表記が主だった。B777-300。機内食でビビンバを食べた後ひたすら眠たかったがあまり眠れなかった。機内はすいていた。券が安いわけだなあとか思った。ロサンゼルスのガイドブックとかを見たりして過ごした。

なんだかよくわからないまま到着が近づいた。カリフォルニアだからいつも晴れてるだろうという予想は外れて、曇っていた。気温は68度。なんだか高いのか良く分からないが外はそんなに暑いわけでもなかった。不安視された荷物はやっぱりいきなりアメリカナイズな「蹴る」という方法で自転車が到着。他の段ボールは激しく転がっていた。

入国審査。webcamみたいなのがついたところでアメリカ人と初めて会話。むすっとしたおっさんだった。なんか早口で聞かれたら分からんだろうなと思っていたら、目的と滞在日数くらいしか聞かれなかった。「sightseeing」「6 days」これだけ。Tom Bradllyに到着。そこから出て、まず空港のvisitor’s centerへ。

そこのおばちゃんと会話してみるのだけれど、たかふ英語が通じないのかあまり役にたたなかった。宿を探すのも安全な道を探すのも全然だめ。最後には自転車でHollywoodに行くのはcrazyだといわれる始末。眠い中いらつきながら、しょうがないので自転車を組み立てることにした。たまに空港内にTREKの警官が通るのが面白かった。アメリカンなお菓子のにおいが甘ったるかった。

そのうち組み立て終わり、段ボールはそのままにしておけば捨ててくれるらしいのでそのままにして、外にでた。外は晴れていて空港に来るバスとかタクシーとかが大量に行きかっていた。日本と違う右側通行の道路をいきなり走るのはなかなか怖かったので最初はゆっくり。

空港から出たところでSepulveda Blvdに入り、さらに少し先でLincoln Blvdへ。空港の近くは治安が悪いという風の噂があったのでビビっていたのだけれど、それよりも道路の広さとすぐ上を飛行機が通る環境にびっくり。道路は片側6車線あった。少し行ったところでスーパーがあったのでそこに入る。自転車が盗まれないか心配。

アメリカにいって最初に入ったお店がスーパーというのはなかなか面白かった。何もかもでっかいサイズで売っていた。ゲーターレードの色が気持ち悪かった。そこでそれぞれのゲータレードを買って、$1のでかいパンを2つ買って、クリームチーズと鳥を焼いた奴を買った。

少し行ったところにLoyola Marymount Universityという謎な大学があって、そこにきれいな芝生があったのでそこで食べることにした。何故かベンチが置いてあって、なんだろうなとかいいつつ自転車を停めていたらBigBlueBusの停留所だったようだ。芝生と噴水のところで食べた後、また走ってとりあえずVeniceに到着。賑やかだった。

泊まれそうなHostelを探していたのだけれど、かなり治安が悪そうだったので諦めることに。ビーチクルーザーの本物を初めて見た。少し戻って探してみたけれど既につぶれていたりして宿探しは難航した。しょうがないのでSanata Monicaまでいって探すことに決める。またLincoln Blvdを通って。

Santa Monicaまで行って、Visitor’s CenterがあるはずのSanta Monica Placeっていうデパートみたいなのに行ってみたのだけれど、見当たらない。しょうがないのでそこのGuest Centerの女の人に聞いてみた。空港のおばちゃんとはうってかわって素晴らしい対応。安い宿を教えてくれた。

そこから3rd st Promenadeに行って、そこにあるVisitor’s Centerを探した。またも見当たらない。つぶれたのか?と思っていたら、道の真ん中にある出店みたいなところにいるおばあちゃんがそうだったようだ。道理で見つからなかったわけだとか思い、聞いてみる。やっぱり同じさっきの人と同じHostelがいいんじゃないかと言っていた。

そういうわけでそこに行ってみたのだけれど、もう宿はいっぱいで泊まれないという状況らしい。ここらへんから俺はあせっていた。しょうがないので探していたらMotelを発見。そこで交渉開始。ひろきが頑張って値切る。「$80,OK?」の一言で最後は$77くらいになった。USAでは部屋単位で料金が取られるので1人$26くらいだ。そこでくたくたに疲れていたので部屋に行った。安い割になかなか広い。

それから買い物とご飯を食べに外へ。Albertsonsとかいうスーパーへ。ここでいろいろ買った。12個入りのかみそりとか、夜飲むジュースとか。気持ち悪い色のお菓子とかが売っていた。途中で殉職されたひろきのゲータレード(道で落として車につぶされる)も買った。パンにつけるチリソースの缶詰も買った。売り場で後ろを人が通るときに「Excuse me」といわれた。ほんとに言うんだなと思った。

てつーに話を聞いていたTacoBellへ。タコスを食べる。注文を聞いていた人に注文を出すのもなかなか通じなかった。なんか良く分からないタコスを二つ買い、食べた。味が濃かった。辛いチリソースみたいなをのをかけて食べた。たかふは注文をミスったらしく何故か同じのを3つ食っていた。ドリンクはドリンクバーみたいになっていて勝手についで飲んでいたが良かったのだろうか。

さらに部屋に帰ってからぐったりして、それから3rd st promenadeに音楽を聴きに行った。さらに本屋にいって自転車見張り役のたかふを除いて地図を探して買った。この地図はのちのちいろいろ役立った。そうこうして部屋に帰り、眠かったので寝てしまった。

さて

今日は一日LA行きの用意をしたりしていた。新宿でたかふにあって話した。出発前日(時間的にはもう当日)でまだ宿も決まっていないという状況、どうしたものかと思いながらもまあついてから考えようという感じで。死なないように帰ってきたいもので。ロードを飛行機に積むのもビクビクもの。壊れないだろうか・・

しかも明日は雨。電車に乗る前までに段ボールが破壊したらショックだ。帰ってくるのは日本時間で20日。なのでそのときまで俺の携帯は音信不通になるかと。ネットのほうはもしかしたらたまにネットカフェとかで見るかもしれないんでチェックできるかもね。とりあえず携帯はデジカメ代わりに持っていくけど。

和田峠へ

さて、昨日は格納庫に行けばなんかみんなと99の日を楽しめたんじゃないかなんて思いながら、前日の夜勤明けの疲れで一日中眠っていた。夜になって起き出してきて、なんかどうでもいいことをこなしていたら時間がたったので、朝方に寝た。

そういえば、ロードのサドルが今までいろいろな人に「低いんじゃない?」といわれていたのだけれど、まあ俺短足だしと思っていたのだけれど、たかふさんと本屋に行って調べてみて、股下*(0.875~0.893)(物によって値が違う。エンゾ早川のは一番高かった。)でやってみると、やっぱり低かったようだ。40mmくらい低かったので、高くしたら全然感じが変わった。

というわけで今日は本当は風張峠に行こうぜ!って話だったのに前日にしんやすに俺らいかないって感じの連絡をもらい、あー俺一人かと思って今日午後に起きてやる気なかったものの、このままどこにもいかないのもあれだと思って一人で和田峠に行くことにした。間違えるポイントがひとつしかない甲州街道で道を間違えた。

出発したのが16:30くらいだったので、最初は西日がきついなと思っていたら、すぐに暗くなってしまった。こんな真っ暗で峠なんかいけるのか?と思っていたのだけれど、途中で引き返してもしょうがないんで進む。八王子を過ぎて少したったあたりで体がいうことを聞かなくなった。良く考えたら朝ごはんしか食べてなかったのでそのせいかとか思ってスリーエフへ。

ガリガリ君マンゴー味(74kcal)を買って食べた。本当は脂肪を燃やして走ることができているときに、こんな甘いものを食べたら体はまたグルコース消費モードに戻っちゃうのでよくないなあなんて思いながらガリガリ君を食べた。要は暑くてアイスでも食べてないとやってられなかったのだ。

どんどん進んでいくと、段々さみしい道になってきて、陣場街道なんて立派な名前がついているのに一車線で車が向こうから来るとびびりまくりで、しかも車がいないときは肝だめしに丁度いいような怖い道。まあそれもこんな真っ暗なときに来る俺が悪いんだけど。当然のごとく誰も道歩いてないし。しかし勾配は途中までたいしたことなかった。写真のような道(見えないけどね)。

途中までは街灯があったのだけれど、あるところから本当に真っ暗になって、先が森なのか道なのか山なのか川なのか良く分からない暗闇になってしまったので、そこから引き返してきた。あと和田峠まで3kmの地点らしい。平地と違って気温が低くてTシャツ一枚の俺は寒かった。しょうがないので、帰る途中99によって多少栄養補給。

そういや八王子に初めていった。甲州街道の両側に結構長い間アーケードがあって、大きい町なんだなあと感じた。家に帰ってからさんまを食べて、ネットで調べてみると、和田峠はラスト3kmが勾配10%を超えてきついらしい。道理で俺の行ったところはたいしたことなかったわけだと思った。もう一回行ってみなければ・・

今日の走行距離は84kmくらい。ちょっと前から体重の変化と一緒に積算走行距離のグラフも作ってみた。明日はLAに自転車を持っていくための段ボールを自転車屋にいってもらってきて、それから何持って行くかを考えよう。できれば沖縄の半分くらいの荷物にしたいものだなあ。

LAへ

今日はよる中途半端な時間に寝てしまい起きられなかったので10:25くらいにおきた。お嬢に申し訳ないなと思いながら朝ごはんを食べて自転車で出発。昨日の天気予報では今日は雨降っているはずだったのに降っていなかったのが幸い。途中でマドン(デュラ)にのってDiscoveryのジャージを着た気合の入った人がいた。でも速度は34-35km/hくらいなのでそんなに速くなく、37km/hくらいで俺が追い抜いても追い返してこなかった。しかし新宿付近でいきなり45km/hくらいを出していったので負けじとついていった。

ついたらもう60mmのスチロールがないというのでそれを切って、フィレット作り。駆動のひとたちがいた。フィレットを今日二人で9個切り出して(やや失敗したのも含む)後は明日5つ切り出して接着して、ジェッソを塗るだけ。バイトが大変だとか魚がどうしたとか宇宙がどうしたとかそんな話をした。お嬢が帰った後、ギターをちょっと弾いてから端末で自転車買った人たちもつれてどこかに行こうツアーの場所を計画して戻ったらもう主翼しかいなくなっていた。

それから昨日に引き続きトレーニング。沖縄でなまった体はあまり言うことを聞いてくれなかった。昨日と違って今日はちゃんと用意してきた服に着替え、多少アップした後レベル6でまわし始めた。30分やる予定だったのだけれど、全然できなかった。ハートレートは167平均くらいで、自分の体がだめだなあと感じた。それからはレベル5でやって、3とかで100回転くらいでまわして終わり。1時間5分くらい。

その後、服を洗い、プロテインを鼻をつまんで飲み、着替えて格納庫を後にして、端末へ。MyspaceのMusicでエルレとかの曲を聴きながら沖縄の旅行の話の5日目を書いたり、必要なメールを出したりして、今に至る。そしてこれから夜勤なので死んでしまうんじゃないかとか思う。トレーニングの後の夜勤ほどきついものはないので。また弁当コーナーに寄りかかって寝てるかも。

justkeepin goingoin

今日は本当は8:00付近に目覚ましを四つセットしたのに、起きてみたら11:30だった。だいぶがっかりとともに自分が作業11:00開始だとか言いながらこの遅れっぷりはどうなんだろうとか思っていた。テレビでは紀子さまに男の子誕生とやっていた。家族の中で俺だけが女の子だ!と主張していたのにはずれた。しかし喜ばしいなと思った。

雨が降っていたので自転車にも乗れず、駅まで20分くらいかけて歩いていって、初台で降りる。都庁までなら新宿よりも近いんじゃないかと妄想したのはそのまま妄想に終わった。やっぱ新宿のほうが近い。

二つのでっかい建物の間の道を歩いていると見つかる旅券課に行き、16000円払ってパスポートを受け取った。自分が持っている身分証明書の中でもっとも位が高いものだろうなと思いながら新宿駅へいくまでじろじろ見ていた。ヨドバシカメラにも親王ご誕生おめでとうの垂れ幕があった。駅で山手線に乗って新大久保へ。

学校について多少作業。フィレットの切り出し。途中でみんな終わるころにたかふが来た。トレーニングを開始。アップの後、30分レベル5でこいで、30分ダウン。レベル5ならもうちょっといけたなと思った。しかしCDプレーヤの充電機能がぶっ壊れているので何もすることもなく、激しく暇だった。しょうがないので途中から携帯見ながらやった。

その後ぐったりしながら馬場までたかふさんと行って、帰った。帰ってご飯食べたら眠くなって寝てしまったが、もう一回起きてMyspaceになんで登録できないのかと悪戦苦闘していた。そのうちなんとかわかり、登録して満足して寝ようとしたのだけれど、一回寝てしまったのであまり眠くなく、寝るのが大変だった。

Just let it slide!5日目。

さて、今日は朝ホテルで起きた。ここ何日かの中で珍しい普通の目覚めだった。10:00チェックアウトだったので9:30に根性出してベッドの中を出て、散らばっていた自分の荷物をまとめてサンダルがないのに気づいたので、それを女子部屋まで取りに行って、フロントへ。あまり人は集まっていなかった。そのうち集まって、その日の行き先を決めることに。ほとんどの人はタクシーで首里城へ。

俺とたかふ、コジコジはなぜかラストまで残ったので3人になってしまい、それならゆいレールのほうが安いんじゃないかとか話し合い、モノレールまで歩いて乗った。そして首里駅で降りて歩く。駅の前に立っていたおやじが25分かかるとたかふをおどしていたけれど、実際は15分でついた。やっぱり沖縄の人はあんまり暑い時間に外を歩かないらしい。

首里城についてお金がかかる一歩前までいって写真を撮ったあと、外の壁を見ていたら先にタクシーで行ったやつらが出てきた。警備員がいない間によくわからないところを通って合流し、そこで写真をとってから別れた。タクシーの運ちゃんに連れて行ってもらうプランの人たちと、その他で。その他組はそのまま首里高校へ。

首里高校についてグラウンドをみてみるとなんかの練習をしていた。まあ体育祭の練習かなんかだろう、夏休みだしとかいいながら入っていったら、教室では授業をしていた。なんでだろうと思って考えてみると、もう世間は9月だから夏休みは終わっていたわけで。見つかったらまずいなと思って出てきた。購買で学食のタコライスとかを買って駐車場で食べた。休み時間になったらしき生徒たちにじろじろ見られた。

その後歩いてゆいレールに乗ろうと思う前にレンタカーの看板を発見し、これはレンタカーを借りるコースかなとか思ったら実はレンタカーの駐車場の看板だった。料金設定がおかしいわけだと思った。その坂を上り、また駅へ。そこで全員ぐったりしていたのだけれど、てつーが友達にあってさらにぐったりしていた。国際通りの端っこの駅で降りた。

みやげ物屋で試食を繰り返して、さらにTシャツ作ろうとか言ったりネタなものを発見したりして騒いでいたあと、楽器屋に入ったあたりでバラバラになった。その後、市場へ。市場の中はすごい活気だった。入ってすぐに大量の島らっきょうをたべた。らっきょうは普段あんまり食わないのでたぶん2年分くらい食べたんじゃないかと思う。それからも魚屋でひたすら、もうご飯食べた?とか声かけられたり。ミミガーがくらげみたいでおいしかった。

さらにいろいろ回って回ってそこでほとんどの時間を消費した。島とうがらし・ふ・ミミガー・泡盛・沖縄そばのインスタントラーメンをおみやげにした。その後、もう一回全員集まって二階でご飯。刺身とから揚げをあんかけにしたやつ。量が少ないと自分たちのテーブルでは文句を言っていた。さらにそこからたかふと悲観主義者で米軍の放出物を売ってる店へ。ヘッドフォンがいい味を出していた。

そこからホテルに戻り、ゆいレールに乗って空港へ。たかふとそこで感動のお別れ。空港についてからプリクラを撮った。人がほとんどいない空港はすいていていいなあと思った。預かり荷物でもりもX線検査をうけたあと、預けた。ローソンでさんぴん茶を買って飛行機へ。帰りはB767-300.行きのと比べて大きかった。画面もあったし。イヤフォンが普通のミニプラグにさせるやつだった。

しかしそこで最大の失態。さんぴん茶が離陸のときに倒れてかなりの量がこぼれてしまった。CAに注意された。となりのカップルが何か書いていて騒々しかった。飛行機では結局ほとんど眠れず、そのまま羽田に到着。そこでまた問題が。俺はお金がなかったので悲観主義者に切符を買ってもらったのだけれど、それが京急だったのでモノレールもまだ終電があったのに京急に乗らなければと思い、乗ってみると俺だけ。しかも京急蒲田で乗り換えた品川行きの中では吐いた人が前にいて、車内は終電にもかかわらずこの車両だけすいていた。もりも邪魔にならずによかった。

品川で山手線に乗り換えてみると、途中から乗ってきた関西弁の男二人組みがもりを見て笑っていた。むかつく笑い方だったので気に障ったのだけれど別にどうしようもないので普通に馬場で降りた。そうしたらモノレール組とちょうど合流できた。京急もやるときはやるものだ。そこから松屋まで行って、しんぺーにお金を借りてカレーを食べ、やすの家にいってシャワー浴びて寝た。