自転車

盗まれた。許せない。

今日、自転車が盗まれた。

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鍵はバッサリと切られていた。

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この自転車本体は20万円くらい。あれがないと学校に行くこともできない・・。もし見かけた人がいたら、連絡お願いします。以下に特徴、盗難日時などを載せます。

  • 情報
    • 盗難場所:新宿区若松町
    • 盗難日時:2010年4月25日19:30-24:00
    • 鍵:あったが切られていた。鍵だけ切られて落ちていた。
    • 防犯登録番号:四谷A74074
    • 車体番号:R045850 6JRR8D50-RED
    • フレームサイズ:50
  • 自転車の特徴
    • メーカー:CANNONDALE キャノンデール
    • モデル:R800 2006年モデル
    • 色:フレームは赤、タイヤは前が黒、後ろが黄
    • コンポーネント:105.RDのみアルテグラ
    • サイクルコンピュータ:ASTRALE8
    • ペダル:SPD-SL、ピンクのT-mobileカラー
    • 特徴
      • サドル下の靖国神社と明治神宮の赤いお守り
      • ピンクのペダル
      • 購入店であるBIKITのステッカー。
      • 左側のシフターの「105」と書いてあるところの破損

ちょうど3年前のこの日、自転車を盗まれた。それもロードバイク。

http://d.hatena.ne.jp/salamann/20070428

もういやだ・・・返して・・

眠り

今日はあまりにも昼寝をしてしまった。もうこんなことはしないようにしようと、夜研究室で勉強しているときに思った。あと、コンタクトをするときにまつげに当たってから入ると後に痛くなることが分かった。でも鏡ないし難しい。ドライヤーとシャワーがある風呂があるといいな。

研究室では先生と実習・研究などについて多少話し合い。それから両面印刷ができるようになったということで、色々印刷してきた。印刷が終わって終わる寸前の本屋で製本してから出てきたら、総会が終わったくにちゃんと@okuに出会ってそのままラウンジにいって誕生日のケーキを見た。いいなあ現役。

研究室に戻り、そのまま12時まで勉強その他。単語難しい。こんなに知らない単語群があったとはと思うけれど。rank1はピックアウトした単語を忘れなければ制覇。rank2は復習3周目くらい。だけどまだまだ忘れていてぐったりする。Officialのやつもせっかく製本したんだからやらなくては。

writingとspeakingが絶対点取れないと思うけれど、listeningもそんなにできない気がしてきた。電話のもごもごしたやつとか。ということでちゃんと勉強しよう。TODOリスト持って行動しよう。明日は高校にも行かなければならないので忙しいのに今日はあまりできなかった勉強。そしてなぜか気管支の調子がここ最近良くない。

今日のジロは研究室にて。第5ステージは山岳がちょっとあって、殆どは平坦で、最後に上るというコース。見始めたときからすでにミラー含む5人で逃げが決まっていた。でも集団と10分くらい離れてて逃げ切りそうだなと思って見ていた。雨っぽかったこともあって、リクイガス・LPR・クイックステップ・アスタナあたりが引いてたけれど追いつかず。結局逃げ切り。でもミラーはメカトラで、一番引いてたのに哀しい。

ハリウッドの自転車屋で自転車を直してもらっているタカフ。

昨日は朝起きて用意して自転車で出発。CAAD8はお守りを装備している。まず外苑東通り→靖国通りで新宿へ。ヘルメットを持って行ったけれど、耳が千切れそうに寒いのでヘルメットをしたり毛糸の帽子をかぶっていたりしていた。冬は普通、他の人はどうしているのだろう。途中で見た人たちは大体いつもどおりヘルメットをかぶっていたけれど寒くないのかなあと思った。

そこから甲州街道を通ってひたすら西へ。調布の先、鶴川街道で左に曲がって、多摩川原橋を渡って稲城方面へ。橋渡ったあたりでSPECIALIZEDに乗った人(ジャージ装備)を前に発見。前に発見する=俺よりスピードが遅いってことだろうと見切りをつけたけれど、ついてみると33-34km/hくらいの巡航で遅いわけでもない。ということで嫌がられない程度に後ろをついていったけれど途中の曲がり角で追い抜かしてしまった。

その後、気管が狭まってきた俺はへたれていたのだけれど、後ろから追い抜いてこないので違う道を行ったんだろうと思っていた。でも、途中で暑くなって服を一枚脱いでいたら追い抜かされた。さっきは速度的に無理してたのだろうかと思った。その後、鶴川街道→57号線で淵野辺へ。なんとか時間について中に入る。宇宙研は中に入るときに変なバッジを渡されるのだけど、つけるところに迷う。

CFDの相談と今後の研究の相談をするために来た。最初はFDSのコードについてなぜ途中から誤差が大きくなるかということについて話していて、それからはプリクーラとか熱交換器とかノズルとかの解析にどのスキームを使ったらいいかっていう相談。まあ俺は殆ど空気だったけれど。その後、部屋に行って引越しの手伝い。コーヒーメーカーとかあったな。ホワイトボードも確保した。予定をオーバーして終わり、飲みへ。

町田まで自転車で走って、謎のモニュメントの前で待っていたらやってきた。町田ってはじめてきたけどキャッチが多いなと思った。先生+JAXAの先生+俺+同じ研究室の奴の4人で飲み。ありえない研究の話とかできて面白かった。その後根性で帰り、今日は寝ていたら一日が終わった。やるべきことが多いなあ。走行距離は80km弱。鶴川街道はアップダウンが結構ある。

実家にて

この前書いてから一週間が経った。まず、23日にはてっちゃんと混声合唱を聞きに自転車で三茶まで行ってきた。俺が遅れた(鍵がかからなくなったのが原因なのだけれど)のもあって時間がなかったので多少速めに走る。原宿とかが混んでいた。あと街宣車とかがいた。渋谷で曲がって246を進むと前に青い自転車に乗ったロードが見えてきた。てっちゃんが坂で遅れてるから前のロードが先行っちゃうかなと思っていたら、同じくらいの距離を保っていた。

途中で前のロードに追いついたなと思ってみたらヤンだった。ヤンっぽいロードだなとは思ったんだがヤンだとは思わなかった。ヤンの方が遅く出たのになんで先を走っているのか不思議だった。違う道を通ったのだろうか。そのまま三茶まで行って、到着。てっちゃんは息が切れていて入り口の警備員にからかわれていた。鍵を根性でかけてヤンとお別れし、会場へ。

てっちゃんについてきただけで内容は全く知らなかったのだけれど、思ってたより良かった。合唱やってたらそれはそれで面白そうだと思うと同時に、凄い練習したんだろうなあと思った。小学生のときに出た合唱なんとかとか、高校とか思い出していたら終わった。途中でオーケストラとかと一緒にやっていて、楽器生だとやっぱりいいなとか思った。終わって出てみると外はすでに夜。暗い中世田谷通りを走る。

あとはまあクリスマスとかがあったな。イブにはついったーで盛り上がったけれど、風邪を引いていたのに踊ったりしていたので悪化した気がする。クリスマス本番は風邪をひいていたけれど、楽しかったな。それからは家でひたすら寝ていたら時間が過ぎ、今日になった。あと飛行ロボットも話し合いがあったんだけど、風邪を引いていて行けなかったな。だいたい完成したらしいんだけどなあ、図面までは。あとは製作と調整。

宿題やらないとなあ。冬休みの宿題っていうと響きが幼い感じだけれど、難しいことじゃなさそうでいい感じだ。難しい言葉でしか言えないことを分かりやすいことばに「落とす」って作業、結構重要だなとかたまに思う。あと、やってみるってことね。それはつまり集中力。あと少しで平成20年。

プレゼン

起きてみたら発表の時間が近かったので学校へ。2時過ぎに到着し、30分後に発表だということを知った。エアロバイクのワット数を調べてから学校のパソコンに行って多少変えてプレゼン作成。その後部屋に行って開始。最初はタカフだった。

タカフは提案メインのプレゼン。俺も提案を入れればよかったなと思った。話すことを考えつつ自分の番になった。話しているのは普通だったのだけれど息が続かなくてびっくりした。人前で話すと息が続かないなと分かった。多分呼吸が浅くなっているんだろうと思った。あと最後の流れが微妙だった。下に改良版スライドをおいとくので興味あったら見てみて。

http://www.slideshare.net/salamann/pilot-161939

その後みんなのプレゼンがあった。それぞれのプレゼンで感じたことはいろいろあった。24代のプレゼン、あとそれから1年生の可変ピッチについてのが面白かった。電装と工程管理、あと設計の理論的背景が重要だと思う。

その後飲み。最初のスタートダッシュに失敗した飲みプロはバラバラになりつつあった。いろいろ話して終了。その後カラオケに行ってひどい歌を歌った。返ってきたお金が飛んだ。そしてヤンとタカフとレース組を見送った。ヒルクライム見たかったなあと思った。ヤンに飲みプロ物資を託して、タカフと寒い寒いといいながら雨の降る中帰った。

忍野八海と道志川と水域:山中湖旅行2日目

便所の前で寝ていたらてっちゃんに起こされた。8時にお湯を沸かして昨日寒い中買ってきたチリトマトを食べた。そのあともインスタントのものを作って食べ、出発。タカフはいっつもラストに起きる気がするな。トレーラーハウスを後にして忍野八海へ。と思ったらいきなり車と逆方向に行ってしまった。コンビニで地図を見たらどう考えても俺のほうが遠回りというかもはや逆方向。

遠回りしてがっかりかと思いきや途中の道はほんとにきれいだった。俺が自転車で走ると落ち葉が逃げていくように待って、横には富士山。ああこれは遠回りしてよかったわとか思いつつ到着し、うろうろして車を発見し、中へ。そうしたらみんなと出会った。

相変わらず湧き水で異様に透き通った池はきれいだったし、深い水の中にはサケ目の魚が泳いでいた。でももう何年も前に行ったときよりずっと観光地化していたのはがっかりだった。地元的にはそれが必然の方向なのかもしれないけれどどんなにすばらしい場所でも観光地化によっていずれそれ自体のすばらしさが失われてしまう気がする。ああいう水のきれいな場所が残ってほしいなと思う。

忍野八海の池のひとつ。

茅葺きと自転車。

その後、穴に行く車の人たちと別れ一人帰路へ。適当に進んでいたら山中湖に着いたので内回りで平野方向へ。道は秋が詰まっていた。

山中湖畔から湖方向。

富士山と空。秋は空が高い。

山中湖平野のコンビニにいた猫。俺の趣味のひとつ=出かけた先での地元の猫撮影。

コンビニでイチゴ牛乳とジャムパンを買って道志みちへ。昨日は暗かったから分からなかったけれど道は落ち葉と紅葉で美しかった。もう1,2週間くらいしたら山が燃えたように紅葉するんじゃないかと思った。でもそういうのは植生によって決まってくるのかなあとも思った。

こんな道をまずは登る。

山伏峠のトンネルの脇のところ。

峠は下りに入ってひたすら下る。車がこなければ風切音と自転車のラチェット音しかしない。黄色に染まった木と澄んだ水が流れる道志村の用水の道が本当にきれいで、ひたすら見とれていた。まさに自然と一体になってる気がする。ブレーキをミスるとほんとに自然に還ってしまうけれど。

山。紅葉のピークはまだかなという感じ。

道志川。多分この季節しか見れない光景。

山。やっぱり山伏峠より下はまだ緑が濃い。

写真でよくわからないけれど落っこちたら即死の高さ。道志川はきれいだった。

「人間がかかわっている」自然と混ざった「水域」っていうのが小学生からの俺の理想郷なのでこういうのが見られるとほんとに泣いてしまいそうになる。秋って空気が薄い気がしてあんまり好きじゃないけど今日は好きだった。道志川とその水域は美しかった。日本に生まれてよかったなあとか思いつつどんどん下っていたら山をいつのまにか過ぎて相模原へ。

橋本についてからまた町田街道→尾根幹で帰る。何故かここで激しく疲れて尾根幹では目も当てられない速度で巡航。中央分離帯の植生が気になった。ススキがクズにからまれているからもう何年も経っているんだろうなあと思った。実家に到着してシャワー浴びて仮眠・・・と思ったら必要以上に寝てしまって、せっかく授業に行くために帰ってきたのに授業に間に合わなくなった。情けない。

2日で走った距離:233.52km

時間:11時間23分

最高速度:64.4km/h

平均速度:20.5km/h(多分これは夜中にコンビニまで1時間以上歩いたせいだからほんとはこんなに遅くないはずw)

傷めた場所:左脚の関節

幸せな自転車と腐った脚と山中湖で夜の行軍:山中湖旅行1日目

4日の朝、普段の行いが悪いおかげであまり眠れず2,3時間寝て起きて荷物だけ持って馬場へ。もう集合時間の10時過ぎてるからみんないるかなと思ったらやすしかいない。とりあえずやすに荷物を預けて待っていたら人が集まり始めた。俺は自転車で行くのでそこから帰って準備をした。走ることが目的でなく手段だけど荷物は少なめであることにこしたことはないのでパンク修理系のものと鍵、ハートレートとウインドブレーカーだけ持った。この前の風張峠で寒さにはこりたから。

とりあえずルートは、

明治通り→甲州街道→鶴川街道→尾根幹→町田街道→413号→道志みち→山中湖CR→旧鎌倉街道

で。まず理工展へ。時間がないのでスピーカは作りたかったけれど作れなかった。前日に行っておけばよかった。ヤンが10時集合って言ってたのになあとか思う。外で機体を展示していて何人かと話したけれど去年とはフェアリングのできは雲泥の差だなあと思う。思えば3泊4日とかやってたのが去年だった。

天気が良くていい感じ。

フェアリング。フィレットも全部ついてる力作。

この時点ですでに12時少し前だったので時間的危なくなってきた。途中で実家によっておにぎりをあっためたのだけど、そこで荷物を整理していたらウインドブレーカーを置き忘れてしまった。格好は下コーデュロイで上がボーダーのロンTというこれから山中湖まで行くとは思えぬ格好だったのでここで置き忘れたのは致命的だった。

尾根幹。ローディが結構いた。

たまに出会う人たちは俺の中途半端な格好がおかしいのではないかと思ったのではないかと妄想した。

尾根幹はアップダウンをひたすら繰り替えす道で、人工的な広い道。しかし同じような地形が繰り返すから自分が進んでいるのかわからなくなるな。町田街道で橋本に向かい、橋本で413へ。山中湖に自転車で行くのはタイヤバーストで引き返したのを含めると4回目なのでもう道は覚えてる。時間があまりないので休憩はほぼ無し。最後の曲がり角を曲がって「山中湖46km」の看板が見える。

天気は晴れていて気持ちよかった。時間はないけど。もうこの時点で15時くらいなので帰ってくるローディと結構出会う。あの人たちはこんな時間から上るなんて、と思ってたんじゃないかとか思った。調子は悪くなく結構予定通りに進む。でも段々曇ってきて、さらに陽が傾きかけてくる。つまり暗くなってくる。不安は増す。

道志の道の駅で。秋が感じられる。

進むにしたがって紅葉は濃くなってくる。相模原ではまだまだだと思っていたけれど。最後の山伏峠は今までで一番楽だった。多分今までで一番荷物が少ないからだと思う。しかしどんどん暗くなってくる。それから道の駅から峠まではほぼ8.0kmくらいだった。毎回長さを測っては忘れるのだけど。

峠から下を見たところ。すでに陽は落ちかけている。

峠からのくだりはあまりにも寒いのでロンTの中に道の駅でもらってきた紙を入れて降りた。でもかなり寒くて限界が近づいてきた。平野まで降りると剣道部の合宿を思い出す。山中湖を内回りに半周して逆サイドへ。すでにこのころ真っ暗で車がこないと殆ど見えなかった。逆サイドのセブンで初の補給。ホットココアとジャムパンを食った。そこからさらに真っ暗な旧鎌倉街道を走る。

目的地らしきところについたときにはかなり寒かった。真っ暗な上に誰もいなくてほんとにここなのか心配になってきていたら、管理人のおばちゃんが来て中に入れてくれた。トレーラーハウスに泊まるの初めてで色々観察した。ドアのたてつけとか便所のドアがないこととかがアメリカンな感じだったけれど快適だった。待っていたらみんながついた。

キッチン・便所・シャワー・テレビ完備。暗くてなんだかよく分からない写真だけど。

外でタカフとやすが火をおこしているのを見つつ中でまったりしていた。そのうち買出しに行ったてっちゃん+アラレが帰ってきてバーベキューが始まった。ビールで乾杯。肉と焼きそばとか食べた。ギターがあったのでギターを弾いたりして、そのうち寒くて中に入った。中は暖房が効いているのでみんな眠くなってきてどんどん寝始めていた。さらに時間が経ってみんな寝るモードになったので外に買出しに行くことに。

俺が自転車で近いと思っていたローソンは意外に遠くて寒い中てっちゃん、タカフ、きみちゃん、俺の4人はとぼとぼ歩いた。しかし寒かった。ローソンで色々買った。外でアイスとカップメンを食って復活し帰路へ。帰りにお稲荷さんへ。鳥居をいくつもくぐって狐ににらまれつつ鈴を鳴らそうとしたらパッと明かりがついた。そういうしかけになっていたらしい。

帰ったら2時ごろであんまり飲まずにみんなが寝てしまった。しょうがないので歯を磨いて布団を集めて廊下で寝た。どうやら布団はぷん太のを奪ってしまったらしい。

静かな峠で日は暮れて::風張峠

今日はてっちゃんとの会話の中で生まれた山中湖に行く日。と思っていたら1時に寝て4時に起きてしまった。目が冴えたのでずっと起きていて用意してご飯食べて、出発。しようと思ったらボトルの中にカビが浮いてるのを発見して頑張って洗う。有機物が入ったボトルは放置しちゃだめだと思う。気を取り直して家を8時くらいに出る。

回転数重視で調布に向かい9時頃に着いて、電通大の前あたりでメールしてみると南口にしんぺーたちはいるらしい。ということで南口に行ってみるとしんぺー+はまじ+やのまちゃんが居た。新しいTREKが確かにスローピングだなあと思った。去年モデルから見るとかなり変わっている気がする。やすとザッキーが遅れているということなので家に上着を置きにいった。誰もいなかった。

戻ってきてしばらく待つとザッキーが到着した。パンク+輪行+自走で来たらしい。遠いところから大変だっただろうなあと思う。そこでみんなそろったので、山中湖は今からだと遠いってことで多少地図見ながら話して風張峠に行くことにした。最初に決めたルートは、多摩川CR→奥多摩街道→青梅街道→奥多摩湖→風張峠→甲武トンネル→甲州街道→各自帰宅というルート。これはハードだなと楽観的な俺も思った。

調布駅で待つ人たち。

ということで3年2人+2年2人+1年2人という6人体制でとりあえず多摩川CRを走る。晴れてていい感じ。ある程度行ったところでパンクしているというおじさんに出会った。でもどうやらパンク箇所が見つからないという話だった。見てみたけれどパンクしてなさそうに思う。もしくはかなりスローパンクなのかもしれないけれど、穴は見えなかったし感じなかった。

そこからさらに進み、途中で奥多摩街道を進む。青梅のちょっと手前で休憩。ここまでは殆ど平坦で1人2kmくらいでローテーションを回していた。コンビニでパンとか買って食べた。はまじ(はまじでいいのだろうか。音声でしか名前を聞いていないw)に聞いてみたら高校のときから乗ってるみたいな話をしていた。じゃー俺よりロード暦は長いなーと思った。

コンビニについた人たち。

そこから青梅を過ぎるともうあんまり店とかなくなってくる山道に入ってくる。途中ではまじが先頭のときに鬼引き(上り基調で40km/h前後)をしていて、これがずっと続いたら俺ついていけないなーやばいなーとか思った。途中でやすとザッキーがいなくなり、さらにしんぺーが引き始めて1年生2人もいなくなった。しばらくしんぺーと2人だったけれど何個目かのトンネルで俺はあえなくちぎれ、分岐点で待っているしんぺーのところについた。

そこですでに結構寒かった。自販機のバリエーションが少なかった。ちょっと待ってからみんながたどり着いて、っていうのを何回かやった。どこらへんからが奥多摩湖なのかなあと思っていた。途中でザッキーがパンク。タイヤがもう危ないみたいだった。そこでなんか温泉が湧いていて、ぬるぬるしていた。

奥多摩湖で。

段々曇ってきて天気が怪しくなってきている奥多摩湖。この頃から寒かった。

風張峠への橋あたりからまたみんなで出発したけれど、早い段階で俺はしんぺーからちぎれ、2番手の位置をひたすら走っていた。トレーニングしてないので脚が吊りそうなのと、現役のときより明らかに同じパフォーマンスで10くらい上の心拍数がきつい。曇っているし永遠にのぼりが続いている気がして折れそうになって、アイウェアを取った。少し世界が明るくなった。

根性で上って何個か駐車場が見えた。どこで待つとかそういうことを話していなかったので駐車場ごとにしんぺーを探しつついったら、最高地点で待っていた。なんだか最高地点のちょっと前あたりからアップダウンがあってここが一番高いのかよくわからなかったけれど。一人で下るときは寒かったので大声で「集中!」と叫びながら下っていた。そうしないと震えで飛んでいきそうだった。

東京都の道路で一番高いらしい。でもほんとかは分からない。

多少待って1年生たちが来て、寒すぎるので都民の森まで下ることにした。都民の森でチョコ食ったり暖かいもの飲んだりして休んでいたのだけれどなかなかやすとザッキーがこないので心配になってきた。俺が1人で都民の森の入り口にいるときにザッキーが到着。「めっちゃ寒いです」と言っていた。みんなと同じように紙を服の中に入れて、やすを待つ。いつだか忘れたけどルートは五日市に抜けるコースに変更になった。

しかしザッキーの話を聞いてみるとやすはザッキーを抜かして先に行ったはずとのこと。なんてこったじゃあやすはそのまま下ってしまったのか、と思って出発することに。この時点でもう外は真っ暗に近い。真っ暗な標高1000m付近は今の季節でもかなり寒い。下りながら全身が震え、そのせいでハンドルがガタガタいって落車しそうで怖かった。前は真っ暗だし。はまじから借りた服がせめてもの救い。

多少下ったところで後ろからザッキーがいないと報告。しんぺーが電話をかけてみるものの、電話に出ない。かなりの時間待ってみてもやってこないし、真っ暗不安になってもう一回上ることに。2,3km上ったあたりでザッキーを発見して安心する。途中からしんぺーが叫びつつ電話をかけていたのだけれど、電話に出るものの向こうの声が聞こえないので不安はかなり増していた。

みんなで安心して止まり、どうにか修理を待つ。和紙でタイヤパッチにならないかを頑張って試していた。真っ暗な中、街灯のオレンジ色の明かりの下の峠の下り坂は空気が澄んでいて、寒くて静かだった。「このままここにテント立てて酒でも飲んで寝たいなあ」と俺は行った。多分そうできたら楽しいなと思った。

空気圧を下げてもう一回下りに入る。交差点でザッキーを待ち、それからザッキー先頭で進む。ここらへんから雨が降ってきた。夜の闇+雨+下り坂っていうかなりきてるコンディションの中、思い出話とかを大声でしていたら楽しかった。こういうのいいなと思ってずっと長い間下り、そのうちセブンに到着して補給。また出発してデイリーヤマザキでやすと合流。これで一安心。

五日市を過ぎたころにザッキーまたパンク。どうやらもう駄目なようだ。ザッキー厄日かなと思う。ザッキーはそこから輪行して帰ることになった。少し進んでしんぺーは16号で別れ、4人で進む。途中から俺の自転車のクランクから異音がする。負荷をかけたときにパキパキミシミシという嫌な音。立川の手前でアーレンキーを借りてクランクをチェーンリングのところか何箇所か増し締めしてみたものの直らない。しょうがないのでそのまま進む。

立川でやすとはまじが輪行で帰るために別れ、やのまちゃんと2人で五日市街道を走る。俺はずっとクランクのことだけが気になっていた。BBかなあ・・とか。しばらく進んで分岐点が来たので別れる。しかし1年生なのにこんなに長く走ってしかも最後まで自走とはやのまちゃん凄いわと思う。別に五日市街道走ってるときも遅い速度ではなかったし。俺はそのままクランクを気にしつつ家に帰り、ご飯食べてフラフラして寝てしまった。

今日分かったことは、しんぺーは速い、俺はもはやへたれ、はまじは準備がいいのと勢いがある(上着とライトほんとに助かった)、やのまちゃんはへこたれないで凄かった、ザッキーは厄日、やすは独走賞。家を出発したのが朝8時。帰ってきたのが夜10時台。どんだけ体力を消耗したのだろうと思う。1年生には悪かったなあと思う。でもまた走りにいきたいなあ。そのときにはもう少しいいパフォーマンスを出したい。

走行距離:205.26[km]

平均速度:23.0[km/h](遅いけど多分これは暗かったからだと言い訳したいw)

走行時間:8h57m

最高速度:52.5[km/h](暗いので速度を出すのが怖い)

ねじまき鳥とRSS

今日は朝から発表の打ち合わせとか言う話で9:30に学校に行く。俺のプレゼン資料はやっつけ仕事だったのだけれど、時間がこれでいいかとか、考察突っ込まれないかとか考えたりしていた。レポート書きたくないからなんとか通るようにやろう。しかしなんで材料の実験で発表しなきゃならないんだろう。

2限は音楽論。今日も先生が作ったドラマ音楽について、ラッシュと本番を見比べる。ラッシュだけなのと音楽がついたものとでは、普段音楽がついたものを見ているからかもしれないけれど、違和感があるな。あと、その音楽を録るスタジオの映像。WASABANDが使うスタジオと違って広いなーと思う。それから楽器がいろんな種類がいた。あとエレキギターって音出さないで録音するんかなと思った。

昼休みは眠さが限界だった。本屋でロッキンとかサイスポとか読んでた。

3限はターボ機械。今日の内容は前回に続いて全エンタルピとかそういう話。等エントロピ流れのときに圧力と密度の関係式を出すってやつは普通にやってたらできた。最後のポンプ問題は考え方は別に良かったけど(まああの問題で考え方とかそんなもん授業でやったのそのまんまだけど)まったりやってたら最後、間に合わず。ついでに質量流量と体積流量を間違える。もっと冷静にやればよかった。

この休憩時間に55号館の建築のなんかやってたのを見に行った。2階まで人であふれていた。ひろきはどこかにいるのかなと思ってちょっと探して断念して(俺は人を見つけるのがとても苦手)、置いてあったのを見た。調布の再開発のがいっぱい置いてあったのを見つつ、授業へ。

4限は高速流体力学。おじいちゃんの授業で内容は乱流遷移の話とか乱流のNS方程式とかやっていた気がするがいかんせん眠かった。月曜日はいつも強引に生活リズムを合わせようとするから眠い。

5限は産業総論。今週も前回に引き続き話。やはり二回目なので前回ほどのインパクトはなかったものの、今回の話も面白かった。内容を簡単に示そう。まず最初に前回のおさらい。タイムリーな話題ということで、A380がシンガポール航空に引き渡された話を言っていた。これは前回、終わった後にニュースになっていたなと思う。

そして今日の話。まず、航空需要は予測として今後20年で2.5倍になるということ。今ではニッチな100席弱クラスでも今後は需要が増えていくということ。まあこれは丁度MRJのところだ。それから、現在はHub&Spokeモデルであるが、今後はPoint2Pointのモデルになっていくであろうということ。これは確かにそうだ。でもまだハブ。ちなみにこのモデルは自転車のホイール。自転車乗らない人にはわかりにくいんじゃないだろうか。

また、機体の絶対数は増えていくため、安全率は向上しても事故の数は増えていくと予想。ここで話題が変わって日本の交通システムの変遷の話。NASAのSATS(Small Aircraft Transportation System)の話から、30年ごとに車→プロペラ機→ジェット機→次は?という話題。現在日本ではバスと車が飽和で、地下鉄・航空が伸びているということから三次元的な交通へという話題。

俺は+自転車って目線があれば最強だと思う。自転車は1.排気ガスを出さないクリーンな交通手段、2.都内のバスの平均速度よりはるかに速い、3.運動不足解消ってことで、少なくとも東京では非常に便利な手段だと思う。まさにDoor2Doorだし(山手線範囲内なら一番速い交通手段だと思う)。と、ここでこう思ったけど話はGA(General Aviation)の話が登場。また、交通産業はPushとPullの関係になっている=Pushが需要増加、Pullが飽和→三次元化。

LCC(Low cost carrier)の話がちょっと出た後、福岡の日本全体の航空管制のコントロールの話。現在国内では一日、国内線が2000機、国際線が1000機、上を飛んでいくだけが300機程度ということ。昼間は常に300-400機が飛んでいるという話。国内線は6割が羽田利用だが、羽田は飽和状態。また、飛行機の翼端渦が離陸間隔を決めているという話をしていた。ああ、そうかと思う。

海外と比べて国内線は異様に大きな飛行機を使っていることを指摘。これはよく指摘されること。また、路線数が少なくなってきて、便数は増えていることを指摘していた。前に話題になった不採算路線の廃止ってやつだ。地方空港がどうなのかってのは自分で考えること、と言っていた。羽田は滑走路数などがボトルネック。ボトルネックって概念が出てきて、まさに!と思った。

ここから国際線の話。国際線ではANA+JALで全体の20%しかなく、ほとんどは米系航空(NWとか)がHub空港に使っているとのこと。これは去年、LAに行くときに何故か俺が3人分チケットを取ることになってネットで調べたり電話して価格を調べたりしていたので実感できる。成田→LAX(ロサンゼルス国際空港)は殆ど外国企業のエアラインだった。どうやらこれはなんとか協定で決まっているらしい。またこういう旨みを持ってくやり方がアメリカっぽい。

地方空港は仁川と結んだりする便が増えていることを指摘。仁川をHub空港として日本の地方空港をSpokeとしている例。また、Hub空港の条件が1.Spokeが多い、2.短時間で多くの離着陸、3.短時間で多くの乗客をさばく、4.離着陸料・燃料費が安いってこと。ここでエアラインの飛行機収支が出ていたけれど、日本のほうがアメリカより人件費が安いのが驚いた。他(離着陸料・燃料費)などは日本の方が高いのだけれど。ここでHub空港争いの話。ヨーロッパとアジアでは地形が違う。また、JetBlueとかSouthWestとかのLCCの話。それからまとめとして1.羽田のみ活況、2.成田はUS系エアラインのHub、3.地方は近隣の国とってこと。これは事実で、要はここからどのようなVisionが描けるかが重要。

ここで話題は変わってGAの話。GAと呼ばれるものは200-400km/hで価格1500-4000万円、VLJ(Very Light Jet)は500-900km/hで3-5億円。また、USではこのような機体が22万機あり、そのうちプロペラ機16万機、それから実はExperimentalと呼ばれる個人製作が2.3万機いるらしい。アメリカっぽいなと思った。GA市場はPL法緩和など+分割所有などで広まっていき、9/11で落ちたもののまた増えているという話。

さらにアメリカの飛行場利用は企業:エアライン=2:1であり、エアラインより企業の法が多いことを指摘。これは意外。例として米TOYOTAが使っている飛行機が上がっていた。この企業利用の理由としては9/11でエアラインの利便性が低下したこと、国内の飛行場がたくさんあること、時間価値のことが上がっていた。

ここで時間価値の話が出て興味深かった。会社に勤めていると、年棒から時給が計算できるが、これが4000-6000円/時くらいまで上がるのに対し、その人が会社に対して創造した価値というのはその6倍と言われているらしい。だから起業で成功するともうかるんだなと納得した。時間価値って面白いと思う。バイトとか優秀な人は10倍とかいくんじゃないだろうか。

また、このようなBJの使われ方として、topマネジメント層よりもミドルマネジメント層(中間管理職)が使っていると指摘。これはそんな気がしていた。ここからSATSがレーダや管制なしでの飛行の研究を行っているという話。確かにそれができれば画期的。また、ここから具体的な機体名が出てきてVLJの話。

まずHondaJet。エンジンと機体を両方作ったということで画期的。ただリスクも多い。そしてEclipse500の話。MSを退職したRaburnなどがやっている飛行機会社。$1.17Mで買える。破格。すでに2800機受注していて、富士重工で主翼を作るらしいが、一日3機も作るらしい。一年かかる人力飛行機はなんなんだと思う。それからCIRRUS SR22の話。リーンデザイン(無駄のない)のとパラシュート装備などで安全性を向上させ、売り込む。

それからCESSNAのSkycatcherの話。これも850機も受注している。さらにここで驚きなことは概念設計からOshKoshの試験飛行まで半年強しか時間がかかっていないということ。これは驚異的だなあと思う。こんな短期間で製品を形にできるのは凄い。それからこのEclipseを使ったAirTaxiの話。

そして最後にSpaceShipOneの話。これはX PRIZEの獲得(初の民間有人弾道宇宙飛行)をしたという機体で、話には聞いていたが変な(ここで変なというのは他の飛行機と比べて)形のWhiteKnightから空中で打ち出され、高度100kmの弾道を飛行を行ったというもの。ファンドを集めて実際に作って飛ばしてしまうっていうアメリカのベンチャーのダイナミズムに感動した。こういうベンチャーならやってみたいなあ。誰かやらないだろうか。とても日本の大手企業ではできないと思う。

何かいいものができたとき、技術者って目立たずもそもそしてはにかみながら嬉しさをかみしめるみたいな像があって、それが嫌だなって思ってた。こういうガンガンやってくプロジェクトで「俺の作ったものを見てくれ!」っていえるものを作りたい。作り手になるんならね。

ここで話は終わり。最後に前回から続く重要な筋として、情報収集→洞察・構想をする→流れを読むってことが重要だということ。また、リーダーシップとは変化を察知し、変化を作ること。リーダーの責任は読みの能力だということ。これで話は終わった。面白い内容だった。emailを出せば色々質問に答えてくれるらしいので送ってみようと思う。

6限は教育法。今日も模擬授業。最初の人はとてもフレンドリーな口調で生徒が飽きないような組み立てをしていて凄いなと思った。多分俺にはあんな授業はできない。次の人は無難にこなしていた。俺は無難にもこなせない気がするから、練習しよう。

返ってきたら仕事の連絡が来ていたのに寝てしまった。

最近気づいたことで、日曜に夜に馬場の本屋に行ったら「サクリファイス」って本が置いてあって、ロードの話だった。Cyclingtimeあたりで見たなと思ってちょっと読んでみたけど、お気楽な話ではないかもなと思った。本屋で見たのは力学の本とCFDの本、それからJavaとかPythonとかEclipse(IDEの方)とかと、TOEFLの本と、話題のビジネス本(←こういう本結構好き)。後、生協の本屋で「surely you’re joking Feynman」がどこかのEnglish Forumの教科書になっていて嫉妬した。

あと、mixiってRSS吐いてるんだって始めて知った。まあmixi stationってのがあるからよく考えてみればありそうなものだけど。認証してないとフィード返してくれないんだけど、誰か「mixi station」に対抗してtwitterfoxのmixi版、「mixifox」みたいの作ってくれないかなあ。自分で作ろうかと一瞬考えたけど面倒なのでやめた。アドオンの作り方とか難しい気がする。下のリンクは、上がmixiのRSSフィードについて、下がアドオンの作り方。

http://melanges.duck.nu/2007/08/30_164019.php

http://dev.ariel-networks.com/articles/workshop/firefox-extension-development/

試験飛行へ真夜中の強行

土曜日はアルペジオを弾いていたら時間がたって、試験飛行の見送りに行った。積み込みはまったりだった。しんぺーが卵を持っていてワクワクして、てっちゃんがタカフにプレゼントを持ってきていた。あと久しぶりにやすに会った。ジンギスカンはいつの間にか終わっていたのが曲者だった。

3年の飲み会には行かずに家で半寝して、午前1:00くらいに悲観主義者の家へ行った。格好は上は下にアンダーを着ていたけれど他は変わらないままの格好だった。最初はそんなに寒くなかったし。みんなバラバラの格好で、悲観主義者はWASAジャージ、やすは運動に適した格好、俺はシャツ+ジーンズというラフな格好。最初は早稲田通りを進み、それから6号に行ってからは6号をひたすら北上。

あまり心肺の調子がよくなかった。途中で悲観主義者に前を変わった。やすがよく見えなくなった。こんな丑三つ時なので道はとても空いていて走るのに非常に適した環境だった。柏を過ぎたあたりで曲がり、356号を通る。我孫子の駅が途中で見えた。さらに布佐に着いて橋を渡って茨城県側の川沿いを走る。道には新聞配達のバイクが結構いた。朝から働いていて大変だと思った。

川沿いの道はもちろん街灯がなくて真っ暗。前のライトは盗まれてしまってないので俺はやす(合計4つのライト装備)の後ろにひたすらついていった。でも途中から慣れてきて暗くても走れるようになった。途中でよくわからない橋が登場し、地図を見たけれどそんな橋は載っていなかった。そこからちょっと行ったところに大利根飛行場があった。

着いてみると現役たちが暇そうにしていた。オレンジと赤のツナギなので色が目立つ。てっちゃんの居た車に行っていろいろ話をしたり寝たり(俺は寝なかったけど)コンビニに行ったりした。初めてのおにぎり選びもした。

試験飛行自体は時間かかってるなーと思ったけどまあそんなもんだろうと思った。取り付け部らへんに時間がかかっていたみたい。眠かったけれど眠らず、終わった後に会話とかしてからまた自転車で帰る。同じルートを通るのはつまらなそうなので違うルートを通って帰ることにした。布佐で道に迷っていたらてつ車に出会った。電車組の送りだと言われて気づいた。

帰りのルートは59号っていう、布佐と市川をつなぐ道。まあ普通の片側1車線の田舎道だったけれど車が途中までは少なくて快適だった。起伏もあまりなかったし。市川からは千葉街道で帰る。本当は千葉街道の南側を通りたかったのだけれど(そっちのほうが最短ルート)、いつの間にか北ルートを通っていたのであきらめた。そしてまた行きと同じように九段下を通り帰宅。帰って眠かったので寝てしまった。朝練中止してすまんと思った。

距離:124.38km

時間:5時間6分

アベレージ:24.4km/h

アベレージを書くと、いつもk山さんのアベレージが異様に速く感じる。まあ今回は全力とも言いがたいけど。