2008年 8月 の投稿一覧

仙台遠征4日目(8月27日)

さて、院試の最終日は面接だけ、しかも集合が13時ということですこぶる暇だった。いとこの部屋で寝たり、次の院試の勉強をしたりしていた。しかし筆記が終わると暇だなー面接なんてあってもなくても筆記で決まってるんだから、面倒だとか思いつつ。そのうち出発する時間になったので出発した。

この日は晴れていた。晴れている夏の日に山を登るのはそれなりに気持ちいいんだけれど、暑いのが最大の弱点。面接のためにわざわざ持ってきたスーツ(上着なし・半袖ワイシャツ:大手町標準)を着ているので汗をかくのが嫌な感じだった。到着してから、順番を待っている間は留数定理を使って積分するのを勉強していた。

速い人は1人30秒くらいという驚異のスピードで片付けられていく面接は、始まって30-40分後くらいに自分の番が来た。ノックして中に入ると、30人くらいずらっと教授陣が並んで座っていた。30:1とは人生初!と思いつつ、椅子に座る。椅子が被告人席みたいだった。

まず、名前と受験番号を言った。その後、真ん中に居た人に、志望理由を聞かれて思っていたことを話して、さらに他の大学院を受けているか聞かれた。受けてると言ったら、もしどっちも受かったらどっち?と聞かれたので「まだ考え中です・・」と言ったら30人から苦笑がもれた。

それから、自分が志望した研究室の先生から、卒論に関しての質問と院での研究テーマについての質問を受けて、前者は適当に話し、後者は外部流を・・などと適当なことを喋った。そうしたら、向こうが「もういいや」って感じになったので終了した。合否言われなかったのと雰囲気から「アウトだろうな・・」感じた。

それからいとこの寮に帰り、帰る準備をしてからバス停へ。バスがまったりなので20分くらい待った。

f:id:salamann:20080827152900j:image

バス停。

駅について、よっしーと牛タンを食いに行った。院試の手応えとか、鳥人間の話とか旅行の話とか色々しながら牛タンを食べたら、久しぶりの味だと思った。高校のときのほうがよく焼肉屋に行ってたなあとか思った。よっしーがここ1ヶ月ものすごい集中して勉強していたという話を聞いて尊敬した。俺もそれだけ集中できれば、と思った。

その後、仙台に新しくできたPARCOを何故か見て、さらに駅でチーズケーキを買って食ったりしてから7時前に新幹線に乗った。帰りの電車では勉強していた。やっぱり家じゃないところの方が勉強できるなーと思った。東京駅に着いて、寄り道しようかと思ったけれど閉まっていたのであきらめ、そのまま東西線に乗った。

仙台遠征3日目(8月26日)

一日目には数学で、このままだと落ちるなとか思っていた。二日目は専門科目。東北大は選ぶ科目が非常に多岐に渡っていて、量子力学・材料力学・材料物性・流体力学・制御工学・熱力学・電磁気学・機械力学の8つの中から2つ選ぶ方式だった。普段なら流体+熱というのを選ぶのかなとか思っていた。

この日もあいにく雨で、俺の中での仙台のイメージは3日目にして雨で固まりつつあった。雨の降る中、山を一人登る。やっぱり原付が多いなと思う。30分ちょっと登ったら到着し、準備をして待っていた。院試は毎日あるので段々周りのやつを覚えて来る気がする。

さて、いざ始まってからちょっと考えて、流体と制御をやることにした。流体の一問目はよくある複素ポテンシャルの問題。ということでガリガリ解いてみるものの、最後で詰まった。楕円の逆側がないようなやつの複素ポテンシャルを求めるわけだが、デカルト座標と極座標の間でうまく求められなかった。あとで戻ってきて考えたら最後までできた。

2問目は管路の問題。1・2問目は噴流が平板に及ぼす力を求めるやつで、運動量保存を立てるだけ。しかし3問目は仮定が若干あやしいままなんとか解き、4問目は管摩擦。管摩擦の式を覚えてないのでそこで終わった。管摩擦の式くらい覚えておくんだったと後悔していた。2年の授業で何回もやったんだけどな・・。

制御1問目は得意の古典制御。伝達関数、安定性などをちょちょっとこなして、ボード線図を適当に書いて、最後の非定常項を消し去って振幅を求めるやつを根性で逆ラプラス変換して完答。逆ラプラス変換の演算が非常に面倒(5元の連立方程式)で、絶対計算ミスしてるだろうと思ったので3回くらい見直しした。

制御2問目は状態方程式から始まる問題。最初が可制御・可観測の問題だったので、(B,A)と(C^T,A^T)の行列式を解いて一瞬で終わった。次にオブザーバを設計せよとか書いてある。「オブザーバ」って初めて聞いたんだけどそれ何?と思ってそこで終了。だからこの問題は2割くらいしか取れてない気がする。

午後は学食でカレーとか食べて(カレーしか食ってない気がする)、下山した。暇だったので夜には外を散歩していたらCOOPを発見した。寿司とオリーブオイルを買って、帰り道で食べた。寿司を食っていたら途中からずっと、犬が止まったり歩いたりして寿司を見てきたのが印象的だった。夜、そのうち寝た。

仙台遠征1・2日目(8月24日、25日)

前日に見送りしてもらって新幹線に乗り、暗くなってから雨の降る仙台に到着した。バスに乗ると、従量制で、SUICA/PASMOが使えない。30分ほどバスに揺られた後、目的地についた。いとこに電話して、一緒に下宿まで行って、その日は泊まらせてもらった。気温は低い。

f:id:salamann:20080824180400j:image

仙台駅のバス停。

次の日、つまり院試の1日目も雨だった。前日に調べたところ、受験会場である工学部までは2-3キロだったので歩いていくことにしていた。骨が1本折れた折りたたみ傘を片手に、ひたすら登りの道を30分強歩いた。ヒルクライムに良い道だと思った。

f:id:salamann:20080825074300j:image

山道を登る。

f:id:salamann:20080828230155p:image

看板。

会場についてから時間に余裕があったので、席に座って外を眺めたり参考書を読んだりしていた。同じ教室には女の子が1人か2人しかいなかったので、やっぱりどこでも機械は男ばっかりだなと思う。そのうち紙が配られて試験が始まる。

午前は数学A。内容は積分・微分方程式・ベクトル解析・線形代数。まず、線形代数のを見てみたら固有値、固有ベクトル、対角化というよくある流れだったので、まず固有値でも出して落ち着くかと思い、開始する。途中まで行ってから、他の問題を見てみる。

最初の積分ができそうだなーと思い、始める。極座標とかはなんとかなったけれど、途中からよくわからなくなったので微分方程式へ。微分方程式もやや微妙。そしてまた線形代数へ戻る。対角化を計算してたけど対角化にならないので焦る。

その後、微分方程式をもう一回解いたりしていたら終わった。あんまりできなかった感があったやばいなと思う。昼なので昼ご飯を食べつつラプラス変換の勉強をした。制御の本しか持っていなかったので、やったのは制御だけれど。

午後は数学B。内容はラプラス変換・フーリエ展開・偏微分方程式。ラプラス変換は見てみると昼に勉強していた畳み込みが出てきた。さっき見てたのをそのまま書いて、安心したのでヘビサイドの定理を残して偏微分方程式へ。

偏微分方程式はあんまりうまく解けない。のでラプラス変換に戻って解いた。逆変換が最後までできて、いい感じだわと思いつつまた偏微分方程式へ。しかしこっちは試験中に進化しないとできない感じだったので最後までうまくいかず、終わる。

ということでラプラス変換以外あまり自信のない1日目となった。よっしーと会って学食でカレーを食って色々話して、山を下った。夜はまたもやカップ麺だった。仙台の夜は気温が低かったけれど、疲れていたので眠れた。

もういくつ寝ると院試が終わる

来週の月曜からはまた院試が始まる。すでに一つ受かっているので、とりあえずニートへの道はなんとか断つことができることになっているけれど、受験料を払ったことと力試しのために受けに行く。力試しとは言え、勉強が圧倒的に足りていないので多分駄目だろうと思う。今週の日曜には東北へ。その次の週は戻ってきてまた院試。

冷静に見て、足りないのは主に数学と物理の力。専門科目は今までの貯金でなんとかしようと適当なことを思ってる。数学なんて、学部でやったのは微積・線形・常微分方程式・ベクトル解析くらいだ。自力でやるのは偏微分方程式・フーリエ変換・ラプラス変換・複素関数・統計・幾何。結構どうしようもない。それに線形代数だって、微分方程式だって完璧に解けるわけでは全然ない。

物理は力学はできるにしろできないにしろなんとかやるとして、電磁気はほとんどできないし、熱・統計力学も統計の要素が入るとアウトだし、熱でも理論的なところだと(マクスウェルとか)全然できない。クラジウス-クラペイロンとか。できるのは「工業」熱力学だけだなーと思う。

ということで結構、火事場の馬鹿力と試験中の進化と運と、そういうものが発揮されれば何とかなるかもね、という感じの試験だと思う。色々な人に迷惑をかけ、援助を受けているので、終わったらその人たちにありがとうというのが先かもしれない。まあそれからもやることは色々あるけれど。

先週は、後輩とHubで飲んだのとか、合わせると週4-5くらいのペースで飲んでいた気がする。いやでも楽しかったからいいかな。研究も、一緒にやっている(実際は俺がおんぶにだっこ)のM村さんが来週から1ヶ月、フランスへ仕事に行ってしまうので、その間は今までの分もやらんといかんな。卒業しないと全てパアだし。

f:id:salamann:20080820210800j:image

ネットで見つけてきた、金魚の屏風。影が面白い。

画像といえば、tumblr面白い。たんぶらうざってランキング見てると、結構「おお凄いな」って感じの画像があったり、笑ったりする画像があったりする。reblogして保存するってのも楽でいいな。流行ったのは半年くらい前だと思うけど。autopagerizeないと助長かも。

ソロイスト

今日も一人、35℃の暑さの中、断水中の学校へ行く。ここ数日間は学校が夏休み一斉休業期間であり、さらにそのタイミングで水・電気系の工事中なので不便極まりないのだけれど、家にいては何もしないのでとりあえず通う。街路樹の大きな葉がたまに地面に落ちている通い慣れた道を、葉っぱをわざと踏みつつ走った。

部屋につくと自分の机の上には昨日結局解けなかった、ランキン-ユゴニオの関係式の導出がそのままになっていた。それをうっちゃり、電磁場中の荷電粒子の問題をまず解いた。ローレンツ力で高校生を思い出したけれど、高校生の俺はどうやって微分方程式を解いていたのか不思議になった。連立微分方程式なんて解けたはずないのに、同じような問題が出てた気がする。結局ラプラス変換。

それから積分とか微分方程式とか二次曲面の問題とかやって、6時を過ぎたので靖国神社へ行くことにした。昼間の九段は機動隊と街宣車が騒いでいたらしいけれど、俺がたどり着いた、6時半頃には静かな空間が広がっていた。空は夕焼けの時間の少しあとの、完全に暗くなる前のきれいな色で、一の鳥居を残った明るさが照らしていた。

手水を使い、手と口を洗った後に、賽銭を入れ、二礼二拍手一礼をし、参拝した。安らかに、と思う。過去があるから今がある。今朝、爺ちゃんが「俺の弟はラッパ手で、渡河作戦で戦死した」「新京からシベリアに連れて行かれた」という、もう何十回も聞いた話をまた言っていたのを思い出した。三の鳥居の横に展示してある遺書をみると思いがこみ上げる。

f:id:salamann:20080815185200j:image

時間帯からか、会社帰りのスーツ姿の人が多かった。

坂の下から来ると、3つの鳥居を、靖国神社ではくぐることになる。そのたびに礼をして、自転車まで戻り、また馬場へ。馬場の駅でしんぺーとヤンに会い、池へ。最近のことを話して、モストロ軽いなーとかそんなこと、それから自転車の話をした。いい時間だった。沖縄楽しそうだなあ、院試がなければ行けるのに。

それから海峡に行き、少し話して出てきて、また研究室に戻った。一人で反省会をして、歌を唄ってから帰宅。帰り道、街路樹が大きくうなっているように見えた。

5日目:新宿へ帰る(7月30日)

実家で力尽きた俺は、夜に目覚めて夜ご飯を食べてからまだ疲れていたので寝てしまった。次の日、弟たちが髪を染めるというので、それを手伝うことにした。風呂場に行って、用意する。最初に弟がバカだったので液体が外にもれてアンモニア臭が漂った。フタをしめているのに中に注入しようとしたのがバカだった。

混ざってから頭に塗りたくった。高校生の弟は髪が短いので大量にあまり、大学生の弟にも塗りたくった。「1時間くらいほっとかなきゃだめだろ」と言って、みんなで録っておいた「ゲド戦記」を見た。しかし途中で時間がやってきたため中断し、様子を見た。高校生の弟はあんまり変化がなかったが、大学生の弟は赤っぽい茶髪になった。

その後、自転車で新宿方面へ向かう。学校に行ってまずゼミに出て、その日が終わって家に帰った。5日ぶりの家は、自分の部屋に違和感があった。それから今日まではひたすら過去問と研究をやっていた日々。もう院試まで10日くらいしかないな。

4日目:沼津→東京(7月29日)

真夜中の沼津を、背中に着替えや補給などを入れた、山には重すぎる荷物を背負いながら、出発した。まずは三島を目指す。三島といえば、水域で有名な、新幹線もとまる駅。いつか行って、富士山のわき水からなる水系を見てみたいと思っていた。でも今は夜、それはあきらめる。

とりあえずそれらしき方向に進んでみたものの、変な工場に出た。コンビニに入って地図を見たら、とんでもない方向に走っていたので方向を修正し、1号線へ。暗くてよくわからないけど、いつの間にか登りになっていた。街灯がなくなってしまうと走れないので、途中でなくなったらあきらめようと思っていた。

しばらく登り基調の道を、たまに来る大型トラックをよけながら上っていると、「箱根15km」という看板が現れた。そこからはひたすら比較的ゆるやかな登り。街灯がなくなる区間になると、道路の白線がぼやっと見える程度で他は何も見えない。音は虫の鳴く声だけ。夜の山はほんとに静かだと感じる。

箱根、上っていたらさっきまでの電車で眠かったのが吹っ飛び、楽しくなってきた。たまに大型トラックにひかれそうになりながら(それでも音がそれしかないので1km前くらいから車が来るのが分かる)、よく見えない道を進む。それでも大きな道なので、300mに一つくらいは明かりがあった。夜だし寝てないので慎重にゆっくり。

最初の15kmから、サイコンを見て数えていたら、どうやら箱根エコパークというところがその地点のようだった。ということでなんとかそこまで登り終えて、休憩する。時計を見るとその時点で午前3時。駐車場にはトラックが沢山いた。トラックの運ちゃんと会話した。

f:id:salamann:20080729030800j:image

箱根エコパーク。看板がしょぼい。

ト「さっき上ってたの見たよー!」

俺「え?途中でですか?」

ト「そうそう。若いねー」

俺「いやもうそんなに若くないんですけどねー」

とか言ってた。そこには仮眠をとっている自転車旅行者がいた。小径車の後ろにキャリアみたいのがついたやつだ。よくあれで上ってきたなあと思った。話かけようかと思ったけれど、結構本格的に寝ていたのでやめた。

これから下りだろうと思い、すでに寒かったので長袖のシャツを着る。そして出発した。しばらくは下りで、湖とか観光地らしきものが見えたりしていたが、途中からまた登りになった。なんてこった・・と思いながらまたしばらく上る。思ったより長いなーと思っていたら、最高地点がやってきた。例の「国道1号線最高地点」の看板を見つけた。

f:id:salamann:20080729034000j:image

かすかに看板が見える。最高地点。

もうこの時間では車はほとんど通らなくなっていた。多分4時くらい。そこからはひたすら下りだった。まだ真っ暗なので、カーブを見失うと50-60km/hのまま箱根の谷へ真っ逆さまだ。と思って「俺は死なない!」とか叫びながら下った。下りながらいろいろなことを思い出して、思ったことを全部叫んだ。そうでもしてないと暗いし眠いしで結構危険だなと思っていたのもあった。

自転車は夜道をそろそろと下る自動車より速い。なんかのトラックにおいついたので、そこからはそのトラックと同じ速度で下った。段々空が明るくなってきて、そして眠くなってきた。そして見慣れた「箱根湯本」の駅が左手に見えた。そこから小田原へ。明るかったが朝早すぎて誰もいなかった。

さらに早朝の道をひたすら走り、平塚あたりのマックで朝ご飯を食べる。朝だけど朝マックの時間ではないので普通。そこでも少し寝たいのを我慢してまた出発。ここらへんの道は何回か通ったことがあるので多少分かるようになってきた。朝の犬の散歩とかしてる海岸沿いの道を、一人眠たい俺は走っていた。

茅ヶ崎まできたら砂浜で寝ようと思いたった。134号にうつり、適当なところで海へ。サイクリングロードは朝早いにも関わらず多くの人が歩いていた。自転車を砂浜の手前の柵に止め、バインディングの靴を脱いで裸足になり、波がかからないくらいのところまで歩いていって、横になった。

f:id:salamann:20080729062600j:image

茅ヶ崎の海。

まだ朝6時くらい。暑くなくて気持ちいい海だった。走っているときは気づかないけれど、寝転がると眠さと疲れが襲ってくる。30分くらい、砂にまみれて仮眠した。ふと気づくと、犬を連れた男女が近くで、ものを海に投げて犬に取ってこさせるのをやっていた。犬は波を怖がらないのだが、毎回タイミング悪く海に向かうので波をもろにかぶって後退する。そんな繰り返しで、犬ももうちょっとタイミング考えて出たらいいのになとか思っていた。

そろそろ行かなくては、と思って茅ヶ崎の砂浜を後にした。辻堂のコンビニでガリガリ君を買って、地図を見た。同心円状に考えて、今すんでいる家よりも実家に帰るほうが近かったのでそこを目指すことにした。どちらも東京だし多分距離はさほど変わらないのだけれど。ということで藤沢まで走る。

藤沢で横に曲がり、湘南台、大和市方面へ。途中までは良かったけれど、大和市のあたりから朦朧としてきた。なんでこんなに疲れてるんだろうと思ったら、単に眠いだけだった。暑くなってきたので長袖のシャツを脱ごうと思ったら落車した。ヒザから血が出ていたけれど洗い流してまた走った。

246に入ったあたりからさらに気分が悪くなってきた。246の神奈川県エリアというのはとにかくアップダウンが多く、さらに朝の涼しさもなくなってしまったこの時間帯は辛い。10時を過ぎるとすでに10時間走っていることになり、体力・眠気が限界だった。パリ-ブレスト-パリを走る人とか凄いなとこのとき思った。

フラフラして道ではママチャリに抜かれる始末だったが、なんとか川を渡り東京へ。そして実家へ。母親と弟がいた。風呂に入って汗を流して、着替えたら、弟のベッドでいつの間にか寝てしまった。

3日目:京都→沼津(7月28日)

エアーベッドの上で起きてみるとすでに11時くらい。目玉焼きと納豆とかを食べて、今日どうしようかなーという話をした。伏見稲荷に行こうかとか言っていたら雨が降ってきた。雨雲レーダーは2時間後には止むと伝えてくれた。ということで部屋にいることにした。

外はまるで昨日のような、シャワーを浴びながら雷に打たれるような雨。このときはこの天候が今後の運命を決定づけるとは思っていなかった。しょうがないので本読んだり、話をしたりして過ごしていた。

しばらくすると雨が止んできて何とかなったように見えたので出発することになった。みにぱんさの家を後にして、川端通りを南下する。そうしたらまた雨が降ってきた。もう雨は慣れたので濡れながら鴨川沿いを走った。ユニクロかなんかで替えの服を買おうと思っていたんだ。

f:id:salamann:20080728152100j:image

鴨川沿いから三条付近を見たところだと思う。(勘)

f:id:salamann:20080728150600j:image

雨宿り中の京都のどこかの駅。

f:id:salamann:20080728152200j:image

この川側に出てるテラスみたいなのはなんなのだろう。(←無知)

駅について、18切符を買い、服どっかで買おうと思いきや見つからないので、阿闍梨餅を4つ買って、ホームへ。ここからが大変だった。まず、構内は大量の人であふれていた。そして電車はこない。

先ほどの雷雨で信号切り替え機みたいなのがやられたと、女の人のアナウンスがひたすら、壊れたレコードのように流れていた。しょうがないのでひたすら待った。全然やってこない。

f:id:salamann:20080728164500j:image

表示板によると70分遅れ?

ということで待ちにまって、2つめの長浜行きへ乗る。電車が止まって、再開するときの異様に混んだ車内で、分解して袋をかぶせてあるとはいえロードは邪魔になっていた。列車の速度は異様に遅く、さらに一駅一駅長時間止まっていた。米原に着くまで非常に長い時間を要した。

そこから乗り換えて名古屋に向かう。途中で一回乗り換えたら快適になった。だけど時間は刻々と過ぎている。今日中に東京に帰れるか、残り少ないお金で買った時刻表で計算してみると、もっともうまく乗り換えできて沼津で終電を迎えることが分かった。

ということですっかり暗くなった7月の終わり、一人東海道線に乗っていた。名古屋を過ぎてからの地名はますます謎になった。浜松で時間があったので、途中下車してカップラーメンを食べようと思ったら駅員から自転車について怒られた。カップラーメンがのびてやわらかくなってしまった。

静岡付近では電車の床に座る、頭の悪そうな奴らがやってきた。俺の自転車のおいてある床に座って訛りがあることばでアホなことをしゃべっているなあと思っていたが、自転車に危害を加えなくてよかった。騒ぎになると面倒。しかし電車の床に座るやつって東京では全く見たことないんだが地方では結構いるのかな。

結局、最後は激しく眠くなり、半分寝たまま沼津へ到着した。降りて、ながらの席の余りを駅員に聞いてみたけれど、ないらしい。ここで、ここから1号線を通って箱根を真夜中に越えるという恐怖のヒルクライムが設定された。コンビニで補給と地図を見た。

真夜中の沼津午前1時前、東京方面へ向かって俺は走りだした。

2日目:彦根→京都

部屋で目覚めたら思ったよりいい目覚めだった。たいてい飲み過ぎた日の次の日はひどくなるのになと思った。荷物を整理し、渡すべきものをうるに託し、下に行ってカップ麺を食った。少しずつみんなが東京へ帰っていくこの時間はなんとなく毎年好きだった。俺は結局最後まで残り、企画車や機材車を見送った。

自転車に乗り、黒い変な鞄を背負い、照りつける太陽の下、少しの距離を走って琵琶湖へ。落ちたCTが片付けているのが見え、プラットフォーム上はラストの東工大だった。風待ちか、なかなか飛ばないので橋のところまで戻り、CCレモンを飲んでいたら飛び始めた。しかしだいぶ落ちて、少し上向いたかと思ったらまた高度が落ちた。その後はなんとか飛んでいたけれど、どう考えても風が強くなってから飛んだよなあと思った。

f:id:salamann:20080727113600j:image

CTとプラットフォーム上の東工大。

それから琵琶湖に沿って南下。暑さと多少の二日酔いで気持ち悪くなってきたけれど、休憩しつつ進む。こういうような荷物を背中に背負っての自転車で一番の難点は、腰や尻を痛めることなので、そうならないようにフォームに気を配る。途中、右側が山で左側が田園というところで追い風が激しくなり、余裕で50km/h弱で巡航できるようになった。まるでプロだ。

f:id:salamann:20080727130400j:image

琵琶湖畔の田んぼ。

そんなことを思っていたら雨が降り出した。空が明るいので通り雨かと思いきや、じゃんじゃん降ってきたので琵琶湖に注ぐ、小さな用水の水門の陰で雨宿りをした。もう一人、同じところで雨宿りしている人がいたが、男か女かの区別もつかなかった。30-40分雨宿りしていたけれど止む気配がないので飛び出した。雨の中へ。

f:id:salamann:20080727133700j:image

雨宿りした水門。

飛び出て、雨が止むかなと思いきや全くそんなことはなかった。むしろどんどん強くなり、雷と突風も加わるようになった。道の脇にある電光掲示板はみるみる温度を下げていく。33度だったのが24度まで下がった。そのうち雷は、なにかが稲光と同時になにかが割れるような音がするようになった。つまり音と光の速度差を感じないほど近いということだ。

道路は排水能力を超えた雨水が常に5cmほどたまっていたので、水上レースのようだった。マリオカートみたいな。雨は本物のシャワーのような勢いで降り、視界は5秒でなくなる。そのたびに顔を手でぬぐった。琵琶湖側から吹き付ける風は非常に強く、防風林がない橋では左右の調整ができず、川に落ちるか車に当たるかを選ぶような状態になった。雷は横の変電所に落ちるのが見え、聞こえた。世界が割れたかのような音だ。

こんな嵐の中を走る経験はこれからの人生でもあまりないだろうと思い、そういう意味では非日常で楽しかった。表面的に起こっていることは全て辛かったけれど。1時間くらい雨の中を走ったらコンビニを見つけ、店の前で服を絞った。地図を確認して、琵琶湖大橋へ。

f:id:salamann:20080727150700j:image

琵琶湖大橋。

琵琶湖大橋を渡るときにはなぜか先ほどの嵐が嘘のように晴れ渡り、琵琶湖が見渡せた。数年前の機体はここを飛んだのかということをまず思った。湖面には何か養殖の網のようなものが見えた。渡りきってから、また南下する。途中で比叡山こっちという看板を見つけて行ってみた。山なのでヒルクライムだ。

しかし登り切ってみるとそこには「比叡山ドライブウェイ」の看板と料金所が見えた。自転車はお呼びでない雰囲気だった。料金所のおじさんと話した。京都に行きたいんですと言うと、関西弁で道を教えてくれた。訛りが違う日本語で喋るのが楽しかった。そしてここは関西なんだなと改めて感じた。

f:id:salamann:20080727153600j:image

俺に良く吠えた利口な犬。

道を下り、国道へ出た。ひたすら進み、今度は本格的に比叡山を通って京都へ向かう道、山中越を発見した。どんどん上る。しかし荷物を持ってのヒルクライムは辛い。比叡山延暦寺といえば信長に燃やされたイメージだった。しかしこの山道はラブホと採石場が主な建物だった。荷物と俺の腐った脚では、ややきつめの勾配の比叡山は辛かった。

f:id:salamann:20080727164700j:image

比叡山から琵琶湖方面を見たところ。

なんとかのぼり終わったものの、感動的な風景とか、峠を示す看板のたぐいはなかったのですぐ降りる。下りは基本的に車より速いので先に行っている車に追いつく。ということで最高スピードを出せたのは少しの区間だけだった。しばらく下ると、街に出た。通りの名前に特徴がある。京都に到着した。

f:id:salamann:20080727173100j:image

京都で待ち合わせ。

東大路通でみにぱんさにメールしてみる。その後電話した。行くべき方向が見つかったので適当に進む。それらしき場所についてまた連絡を取り、出会った。東京じゃない場所で会うと変な感じだ。家にお邪魔し、ずぶ濡れになって中途半端に乾いた体をシャワーで流した。経緯を話したりした。部屋はかっこよかった。

夜はラーメンを食べに外に行ったらまた雨が降った。麺の感じが好きなラーメンを食べ終わり、日本酒にゆず果汁を混ぜた酒とナタデココとかを買って帰る。また最近のこと、将来のこと、本の話などをした。TEZに電話かけたりしていたら眠くなってきた。空気でふくらませるベッドを貸してもらい、このベッド研究室用に買おうと決心しつつ寝た。