Boeingはどこへ向かうのか ~今後10年間の新型機開発凍結~

日紀

BoeingのCEO, David Calhounが投資家向けの説明会で今後10年は新しい旅客機を開発しないと言ったことが話題になっている。理由は次の通り。

  • Airlinesは新造機が現行の機体より20%以上の燃費性能を持っていない限り買い替えようとは思わない。
  • 現在の旅客機の性能を決めているのはエンジンであるが、いま市場には20%燃費を改善するようなエンジンは存在しない。現状のエンジンで作っても既存機に対して10%改善程度。
  • したがっていま急いで作っても良い機体は作れない。待った方がよい。たとえば2035年とかが目安である。

..we’ll pull the rabbit out of the hat and introduce a new airplane sometime in the middle of the next decade.

David Calhoun, CEO of Boeing

この決定がBoeingの終わりの始まりであると言っているジャーナリストは多いが、そもそもこの新機種とは何のことを言っているのか、なぜBoeingはこの決定を行ったのか、この決定による今後の影響などについて考えてみよう。

前提

新型機とは何か?

ここ数年、ずっと話題になっていたのはNMA (New Midsize Airplane)や MoM (Middle of Market)などと呼ばれる飛行機をBoeingが新規開発するかどうかである。むかしは757(下記画像参照)という飛行機を作っていたので、それの後継と言えるかもしれない。現在、そのマーケットではBoeingはIn-productionの機体を持っておらず、Airlinesが新しい機体を欲しいといったときに市場にはAirbus機しかない状態となっている。

Boeing 757 by BriYYZ is licensed under CC BY-SA 2.0

具体的には、AirbusはA321シリーズの最も大きいサイズとしてA321LRの開発を終えて市場に投入しており、Boeing 757-200より長い距離飛べる上、二桁以上の燃費改善を達成している。また、A321XLR(下記画像参照)というさらに長く飛べる機種も開発中で、すでに飛行試験を開始している。燃費に関わらず単通路機でA321XLRほど長く飛べる機体をBoeingは持っていない。ここにNMAが目指していたマーケットがあった。

A321XLR by Gaillac is licensed under CC BY-SA 4.0

A321のスペックは次の通り。

  • A321LR: 4000nmのレンジ、206人までの乗客(既存のA321neoに燃料タンクを追加したもの)
  • A321XLR: 4700nmのレンジ、244人までの乗客(脚の補強、燃料タンク追加、フラップや翼端デバイスの変更など)

Boeingの持っている機体でいうと737MAXがA320シリーズの対抗馬ではあるが、たとえば737MAXの大きいほう2つのスペックは次の通り。

  • 737-9: 3550nmのレンジ、220人までの乗客
  • 737-10: 3300nmのレンジ、230人までの乗客

明らかにレンジが少なく、たとえば大西洋路線では飛べないところが多くなってくる。一方で、Boeingでいま生産している次に大きい機体は787-8であるが大きすぎる。

  • 787-8: 7305nmのレンジ、248人までの乗客
  • 787-9: 7565nmのレンジ、296人までの乗客

757はこの737の大きいほうと787の小さいほうの間くらいの機体だったのだが、いかんせん古すぎてもはや生産しておらず、A321や737MAXに比べて燃費も悪い。

AirbusがA320を拡張したみたいに737MAXを拡張すればいいのでは?

A320シリーズと737シリーズの大きな違いはもともとの機体である。737は707由来の胴体であり、737自体が市場に投入されたのも1960年代である。一方でA320シリーズは1980年代に開発され、約20年の開きがある。一番違うのは拡張性で、A320はもとから余裕をもって設計された(たとえば胴体径は737より20cmくらい大きい)。この余裕を生かして新しい口径の大きいエンジンを積んだり、燃料タンクを拡張したり、カーゴコンテナを入れられたりする。737は拡張性に乏しく、たとえば現在の大きいエンジンをこれ以上積むのは難しい。Flight Controlなどのシステムも1960年代の職人芸を受け継いでいる。

上記により、737は拡張性に難がある。それを何とかつじつまを合わせようとして焦って開発されて、つじつま合わせのうまくいかなかったのが737MAXだった。ここからさらに発展させることは技術的には可能ではあるが、A320に同じことをするよりコストもスケジュールもかかるであろうことが予想される。

10年間新しい機体を開発しないとどうなるか

まずはBoeingのいままでを見ていこう。

いままではどうだったか

Boeingはかつて、機体開発のサイクルが早かった。Entry Into Serviceの年は次の通り。

  • 707: 1958
  • 727: 1964
  • 737: 1968
  • 747: 1970
  • 757 and 767: 1982-83
  • 777: 1995
  • 787: 2011

派生型機を入れるともう少し頻繁に開発を行っているが、777と787の間で16年空いているのがいままでで最長だった。この結果、787の開発が遅れに遅れたことは記憶に新しい。

Boeingが変わってしまった原因として語られつくされているのが、M&Aである。Boeingは1997年にMcDonnell Douglasを吸収した。そこまでのBoeingはエンジニア主導の会社で、技術と安全を追求して利益はその次というタイプの(どちらかというといわゆる往年の日本企業のような)会社であった。が、それ以降はWall Streetに支配された会社となった。Douglas流の経営陣が支配した結果、787の度重なる開発遅延や737MAXの死のダイブを引き起こした。というわけである。

1997年にBoeing“が”McDonnel Douglasを買収したということになっている。実際McDonnel Douglasの旅客機部門は死にかけであり、市場シェアはBoeingとAirbusに大きく水をあけられていた。ただしその後の歴史は逆で、その次の社長になったのはMcDonnel Douglas出身のHarry Stonecipherであった。Boeingがエンジニア中心の会社であったのに対し、Douglasはビジネス的・官僚的な会社であり、そちら側にBoeing自身が変化した。買収したと思ったら買収されていた、というわけである。

Jim McNerneyy by Medill DC is licensed under CC BY 2.0

Stonecipherの次に社長になったJim McNerneyは飛行機屋ではなく、GE出身でJack Welchに鍛えられたビジネス屋であった。Jimが主導した機体開発は787だが、これはよく知られているように開発コストを削減するために外注を増やしたが、結局遅れに遅れて結局コストが著しく増加してしまった。

また、787の次に作った737MAXは派生型機(リエンジン)ではあるが、これもお金のかかる新型機開発を諦め、すでに高齢になっていた737にもう一度鞭を打ってコストやスケジュール短縮を狙った機体だった。結果はよく知られており、設計がひどかったために就航して数年して墜落事故が起き、その改修や後処理のために多大なコストがかかっているし、何よりBoeingが築いてきた信頼が失われた。

Boeingの現状

Boeingはここ20年くらい過去の遺産を食いつぶしてきた。その負の遺産が残っており、そこにコロナの影響が来て余裕がそもそもなくなっている。たとえば次のとおり。

  • 2020年から発生している787の製造不適合問題。これにより787の製造や納入が長い間ストップしていた。現在は製造・納入が再開したものの、在庫が100機以上たまっており、この在庫を出すのに2-3年かかると想定されている。
  • 2018年から発生している737MAXの設計不適合問題。アメリカ議会でも調査が行われておりBoeingの権威は失墜した。737MAXも大量に在庫が溜っていて、徐々に減ってきてはいるがまだ200機以上の在庫が残っており、砂漠や使われない空港などに置いてある。また、737-7と737-10に関してはまだ試験中であり、EICASシステムを導入するかどうか揉めていて、すぐに認証されるかどうか不透明となっている。
  • KC-46問題。Boeing 767を空中給油機に改造した機体だが、これも開発途中で問題が山積みであった。もともとAirbusの機体が採用されそうになっていたのをひっくり返して受注したものの、設計がひどく、米空軍が受け取りを拒否したり後付けで機能を追加したりしている。このプロジェクトは今でも赤字である。
  • Douglasの血が入る直前に作られた傑作機がBoeing 777である。Boeingは現在、その後継機777Xを開発中で、飛行試験が進んでいる。翼端を折りたためる(下記の写真参照)。ただし、これもコロナの影響や設計上の問題から遅れており、2021年納入の予定から延期していて、いまは2025年納入を目指して開発中である。
  • McDonnel Douglasの買収後に本社をシアトルからシカゴに移転したが、現在はシカゴからアーリントンに引っ越しする予定である。787の製造はエバレットの工場からサウスチャールストンの工場に引っ越した(もうシアトルでは作っていない)。
777X Folding Wingtip by Dan Nevill is licensed under CC BY 2.0

上記でリストしたとおり、エンジニアリング(技術)の弱さによって引き起こされた問題が山積みであり、それらの技術的な負債を返していくのが精一杯という状態である。これに加え、コロナ禍で大量のエンジニアを解雇したあと、そのエンジニアがITなど他の成長分野に行ってしまって戻ってこない状況になっており、人手不足に悩んでいる。

新型機を作らなくてもBoeingはAirbusに負けないのか?

すでに負けているし、現状ではなかなか勝つのが難しい。すでに書いたように、A321XLRに対する対抗馬を持ち合わせていない。また、AirbusはBombardierからCSeriesを買収してA220としてラインナップに加えているが、Boeingはそのクラスの機体(横5席の110-130席クラスの機体)を持っていない。今後もBoeingがAirbusに短期的に勝つことは難しいだろう。

勝てるかどうか、ではなくどう負けるかを選ぶ感じである。たまった宿題を片付けるのに精いっぱい。

10年機体開発を凍結すると実際に何が起こるか

端的にいうと、長い間機体を開発していないと、機体を開発する能力が組織から失われる。これは別に飛行機に限った話ではない。有名な話では、1600年に起こった関ヶ原の戦い当時はそれまでの度重なる戦争の結果、合戦や城攻めの能力が非常に高まっていたが、そこからはしばらく平和になり、1614年に起きた大坂の陣ではすでに城攻めの能力は日本中から失われていた。14年間の空白で技術が退化してしまった。

File:Akazonae Sanada.jpg
大阪夏の陣における真田の赤備え by Snlf1 is licensed under CC BY-SA 3.0

Boeingの787に関してもこの話は適用できる。787の前の開発は777であったが、納入ベースで16年の差がある。その間、幻のソニッククルーザーや737NG、777の派生型、BBJなどの開発は行われたものの、フルの新規開発は行われていなかった。787の開発が滞った理由は主には外注の使い過ぎだと言われているが、それと同等にエンジニアが育っていなかったというのもあるだろう。

飛行機の開発作業は非常に複雑で、長い経験を必要とするわりには、開発の機会があまり存在しないというやっかいな性質を持っている。ビジネス的に飛行機を作れる環境(コストやスケジュール、競合機など)がそろっていなくとも、常に何かやり続けていないとそれ自体ができなくなる。787の開発スタート(たとえば2003年あたり)に40歳だったエンジニアは、それから約20年が過ぎてすでに60歳であり、そろそろ引退を考える時期である。

もちろん、アメリカのエンジニアの雇用は流動的で、転職や解雇はそれなりにあるし、他のメーカーとの間でエンジニアが行き来することは普通である。ただし、アメリカにはBoeing以外に旅客機を作るメーカーが実質存在せず、他にエンジニアが育つ場所が限られる。実際にはビジネスジェットを作っているメーカーがいくつかアメリカに拠点を置いており、たとえばGulfstream、Cessna、Bombardier、Hondajetなど複数あるが、Boeingの新規開発の規模に耐えられる人材供給能力があるかは疑問である(それぞれのメーカーは中規模であるため)。軍用飛行機のメーカー(自社も含め)から引っ張ってくることも考えられるが、機体が違いすぎるので役に立つ分野とそうでない分野があるだろう。

また、Boeingは先ほどまでの話で出てきたように、往年の日本企業のような会社であった。終身雇用とは言わないまでも、Boeingに勤めて30年、40年と言った長距離ランナーが多数おり、それらのエンジニアがそれぞれの分野のエキスパートになって開発をしていた。度重なるレイオフによってすでにその基盤が揺らいでいることが想像され、エンジニアリング力が弱っている中、さらに10年の凍結で追い打ちをかけることになりそうだ。いま40歳のエンジニアは10年間機体開発がないと聞いて、これからワクワクして仕事ができるだろうか?空飛ぶ車に転職してしまって戻ってこなかったり、飛行機のエンジニアより給料が高いITのエンジニアに転職する人もいそうだ。

参考資料

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