千と千尋の神隠しとオーシャンズ11から見る日米の雇用形態

日紀

日本とアメリカで働いて思った雇用形態について、映画でも同じだなと思ったので書いておく。注意:この記事は上記ふたつの映画のネタバレを多少含む。

「千と千尋の神隠し」では次のように千尋は採用される。

湯婆婆「千尋というのかい?」千尋「はい。」湯婆婆「贅沢な名だね。」(契約書の「荻野千尋」から魔法で文字を奪い取る)湯婆婆「今からお前の名前は千だ。いいかい、千だよ。分かったら返事をするんだ、千!」

https://dic.nicovideo.jp/a/%E8%B4%85%E6%B2%A2%E3%81%AA%E5%90%8D%E3%81%A0%E3%81%AD

上記の時点では千尋の仕事は決まっておらず、「採用してから仕事に当てはめる」モデルであることがわかる。チームは同じようなスキルを持った人で構成される。

一方、オーシャンズ11では次のように採用される。

you’re gonna need a crew as nuts as you are. Who do you got in mind?

https://www.netflix.com/jp/title/60021783?source=35

爆発物専門家、機械エンジニア、電気エンジニア、曲芸師、詐欺師、スリなど必要な職種が先に決まっており、その職種に必要なスキルを持った人の採用活動を行う。チームは異なる専門家が集まって構成される。

これ以外の映画でもアメリカ映画の場合は「こういうスキルまたは経験を持った人が必要だ・・あの人はどうだろう?」という流れで在野の専門家をチームに引き入れる流れが頻発する。あのノリは実社会でも似ている。

日米の雇用形態の違い

日本の雇用形態のことをメンバーシップ雇用といい、アメリカ型雇用のことをジョブ型雇用というと、日本ではいわれている。それぞれのイメージは次のとおり。

  • 日本型雇用:人事が採用を主導する。新卒一括採用を行う。やることが決まっていて採用を行うというよりは、人を雇ってからやることをあてはめる。そのため、専門的な知識が必要な仕事を素人が先輩の背中を見て覚える仕組み。解雇規制は比較的厳しく、世間の目を恐れて解雇を行わない会社がある。職業よりも会社が重要視される。定年がある。
  • アメリカ型雇用:人事は採用を主導せず、部門トップが採用する人を決める。人を募集するポジションとその給料がおおむね決まっており、そのポジションに必要な資質が既知であるため、そのスキルを持った人を探してくる。明らかに仕事ができない場合や、その部門が必要ないと判断されれば1人単位、または部門単位で解雇される。会社よりも職種が重要視される。定年がない。

もちろん日本でアメリカ型雇用をしている会社もあれば、アメリカで日本ぽい要素を備えた企業もあるので一概には言えない。また、大企業なのか中小企業なのか、テクノロジー企業なのか漁業なのかといったようにやることによって大幅に異なるのでこれも一概には言えない。

もう少し雇用形態を比較する。

  • ポジションと給料:日本型一括採用では、たとえば、人事が文系の学生を採用して「お前は今日からシステムエンジニアだ」と職種をあてはめる→見よう見まねで素人が仕事を覚える、という仕組みをとる。アメリカ型は逆で、ある部署でシステムズエンジニアのポジションが2枠必要になる→給料、職種のタイトル、仕事の内容を書いて募集し、人事のサポートを受けながら面接やテストを行って必要なスキルがあるか確認する→いい人がいれば採用すると言った流れをとる。
  • 会社か職種か:日本では職種よりも会社名が重視される。トヨタに勤めていることが重要であって、経理をしているか設計をしているかは二の次である。アンケートのプルダウンメニューでは、「会社員」「自営業」「公務員」「パート・アルバイト」「派遣・契約社員」「役員」「その他」などと書いてあって職種は出てこないときも多い。一方アメリカでは会社名よりも職種のほうが先に来る。募集要項には必ずタイトルが書かれており、アンケートのプルダウンメニューは「会計士」「栄養士」「学校の先生」「エンジニア」「医者」「受付係」などが並んでおり、会社よりもその人の職業は何か、を聞かれる。そういう意味では、日本でも医者や弁護士、会計士や野球選手なんかはアメリカ型である。「どこの病院に勤めているか」よりも「医者をやっていて、そこの病院に勤めています」という感じだ。会社員やサラリーマンというのは雇用形態の話であって職種ではないのである。日本の採用ではタイトルが書かれていないことも多いが、アメリカの採用でタイトルが書かれていない場合というのはあまり見ない。
  • 解雇のしやすさ:日本の場合、解雇規制が厳しいとされている。解雇の金銭解決の仕組みが標準化されておらず、解雇をしない代わりに左遷や配置転換が頻発するほか、比較的解雇条件を明確化しやすい派遣社員の仕組みが多用される。アメリカの場合、人単位や部署単位の解雇はそれほど珍しくない。contractorという契約社員はいるが、基本的には正社員がほとんど。日本の正社員はクビにする難易度が派遣社員に比べて上がるため、正社員化する/しないの議論が発生するが、正社員も普通に解雇されるアメリカではそのような身分制に関する議論が少ない。
  • チームの定義:日本で「チームワークが重要」といった場合は、チームとは同じようなスキルを持った人が想定される。進んでいる人が遅れている人を助け、全員でゴールに向かうと言ったイメージである。アメリカの「チームワーク」とは、異なるスキルを持った専門家集団がそれぞれの専門性を十分に発揮してゴールに向かうイメージである。日本でも野球(アメリカから伝わったからかもしれないが)はこれのイメージに近く、ピッチャーとキャッチャー、セカンドはそれぞれの専門性を十分に発揮して試合に勝つ、と言った役割分担が想定される。湯婆婆が「お前は今日からピッチャーだよ」とはやらないのである。
  • 日本では定年を迎えたら再雇用になって給料が下がるとか、65歳になったらリタイアなどと社会もしくは会社が引退年齢を規定している。また、採用時にも年齢で採用を区切っており、35歳以下、などの条件が散見される。アメリカでは定年がない場合があり、自分の引退年齢は自分で決める。また、年齢によって採用・不採用を分けることは違法である。

これらの文化的背景の違いがどう実社会に影響するのかを見ていく。

どちらがよいか

場合によるが、スピードを求められるプロジェクトの場合は圧倒的にアメリカ型のほうが有利であることが自明である。たとえば、準備期間が1ヵ月で、野球チームを作り、何かの大会で勝つことを考えよう。新卒一括採用をして素人の大学生を採用し、湯婆婆メソッドによりポジションをあてはめて練習したチームと、先にポジションを決めてそのポジションに定評がある人を知り合いや実際のその人の試合を見て雇ってくるオーシャンズ11チームと、どちらが勝つかは明確である。

時間がかかってもよい場合は湯婆婆メソッドもうまく働く場合もあるだろう。一方で、日本型の雇用ではジョブローテーションの仕組みがある場合がある。ひとつの仕事を2-3年したら違う職種に異動する仕組みである。これを新卒一括採用と組み合わせることで非常に生産性の低い組織を作ることができる。

これも野球チームで考えてみよう。新卒一括採用で作ったチームのピッチャーがようやく慣れてきたころに、次はお前はライトをやれと言われ、いままでセカンドだった人はキャッチャーをやれ、と言われるわけである。このチームはオーシャンズ11チームに勝てるだろうか?たぶん一生勝てない。

ジョブローテーションあり湯婆婆チームは一生オーシャンズ11チームには勝てないのだが、替えが効くというメリットはある。そのうち全員がすべてのポジションで40点取れるくらいの状態になるので、何らかの理由で頻繁に色んな役割を果たさないといけないルールや状況になったらそれなりに安定感を持ったパフォーマンスが出せる。

そのほかの観点を考えてみよう。新卒一括採用の長所としては若者の雇用が安定することがある。アメリカ型ではスキルと経験がないとあるポジションに対して採用されないため、スキルや経験のない学生は働き始めが厳しい。日本型では何もできなくてもとりあえず湯婆婆に雇ってもらえるが、アメリカ型では何もできない人はオーシャンズ11に入れてもらえないのである。

オーシャンズ11にも大して何の経験もない若者入ってなかったっけ?と思った人は鋭い。あれがまさに若者の雇用の入り口である。若者は最初は特に何もできないが、インターンとして下働きを積むことでスキルと経験を職歴に加えていく仕組みである。

デジタル庁のWebsiteやアプリを使ってみて

官僚や公務員の作るシステムはひどいな、と思うことは非常に多い。すべてが紙ベースに作ってあるし、システムがあっても30年前のセンスで作ってあるか、紙ベースの仕事を置き換えただけであったりする。これは端的に言って上記の「ジョブローテーションあり湯婆婆チーム」がやっているためであろう。公務員試験は優れたシステムを作るひとを採用しているわけではなく、ペーパーテストができる人を雇い、湯婆婆が「お前は今日からシステム担当だよ」とやっているからである。慣れてきたころに異動する。

一方で、最近コロナワクチン接種証明書や、コロナワクチンダッシュボードなどデジタル庁のを見てみると普通に使えるシステムになっていて驚いた。いままでの公務員が作るシステムはいわば「全自動ドラム式洗濯機があるのに洗濯板と物干しざおを組み合わせて何とかする」というものだったのに対し、デジタル庁は普通に全自動ドラム式を使ってきた印象がある。普通にやってほしいことを普通にやっている。

これはたぶんデジタル庁が「ジョブローテーションあり湯婆婆チーム」ではないんじゃないだろうか、と感じた。そう思って調べてみた。たとえば下記記事である。

この記事をすこし読むだけで、オーシャンズ11チームのようにポジションが決まっている印象だ。

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