スリウィジャヤ航空182便墜落事故の事故報告書を読んだメモ

飛行機

2021年1月のインドネシアで起きたスリウィジャヤ航空182便の事故報告書がインドネシアの当局から発行されているいるのをたまたま見つけたので読んでみたら結構興味深かったのでメモする。この事故は離陸直後にすぐに墜落して一人も助からないという事故で、早い段階からFlightradar24でADS-Bのデータが公開されていて気になっていて、前にちょっとデータを見ていた

事故報告書はインドネシアのウェブサイトで公開されているので、今日があれば見てみるのがお勧め。200ページくらいあるが結構スラスラ読める。余談だがインドネシアは飛行機事故が多いのでインドネシアの事故調査官は結構、事故調査の能力が鍛えられているのではないかなとよく思う。

筆者は737のAutopilotやFlight Controlの素人である。もしくは実際のフライトオペレーションに関しても素人である。なので、パイロットの人が見たら変なことを言っていると思うところはありそう。そしたら教えてもらえると嬉しいです。

事故調査報告書がまとめた経緯と事故原因

次のような経緯と原因で墜落した。

  • 2021年1月9日、ボーイング737-500機、登録記号PK-CLCは、定期国内便でジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港(WIII)からポンティアナックのスパディオ国際空港(WIOO)へ向かう予定で、UTC 0736(現地時間1436)に出発
  • 上昇中、自動操縦(A/P)のLateralがLNAVからHDG SEL、その30秒後にVerticalがLVL CHGからV/Sに、A/T (Auto Throttle) がMCP SPDに変更
  • それまでLVL CHGでエレベータが速度を操縦していたのが、A/Tが速度を操縦するようになった。LVL CHGに比べて上昇率が必要なくなったので、A/TはThrottle Leverを下げようとした。
  • しかしこの機体は右のAuto Throttleの調子が悪く(引っかかりなのか摩擦なのかで固着して動かなくなることがあった)、左のLeverだけが下がった。
  • A/Tが速度を操縦する場合、機体の抵抗と推力を釣り合わせる必要がある。右が大きな推力のままLeverが固着しているので、左は釣り合わせるために大きくLeverを下げた。これによって推力が非対称となり、横・方向のつり合いを取るためにA/Pが操縦輪を右に使った状態になった。
  • A/PがA/Tの故障をカバーしていてTransientが起きないためか、パイロットは気づかなかったと思われる。左のAuto Throttleだけで速度を操縦しているので速度が増え気味で、左のLeverは徐々に下がっていき、非対称推力が大きくなった。
  • パイロットがピッチトリムを使ったため、A/Pが切れ、その後A/Tも切れた。いままでA/Pが推力非対称を釣り合わせていたのがなくなったので、機体は急激に左ロールに入った。
  • パイロットはなぜかリカバリー(Idle+右Wheel)をしなかったため、機体は1回転しつつピッチが下がり、真っ逆さまに海に激突した。

上記のような話が書かれている。一番よくわからないところは、なぜかパイロットがリカバリーをしなかったところである。

用語の解説および理解

A/T (Auto Throttle) とA/P (Auto Pilot)

737の自動操縦システムはA/PとA/Tからなっている。A/Pは簡単に言えば操縦桿を操作してくれるシステムである。たとえば高度を維持するように操縦桿を操作してくれたり、速度を維持してくれたり、上昇率を維持してくれたりする。A/Tは推力レバーを操作してくれるシステムであり、速度を維持するようにレバーを動かしてくれたり、上昇率を維持してくれたり、最大推力まで動いてくれたりする。

ここで疑問が出てきそうなのはA/PもA/Tもどちらも速度を維持できると書いているところ。たとえばAさんとBさんがいて、どちらも一緒に同じ操縦しようと思うとケンカしてしまう。そのため、モードによって今はA/Tが速度を操縦しているのか、A/Pが速度を操縦しているのかが異なる。

例えば、最大推力で上昇したいみたいなときは、推力は最大推力で固定で、A/Pが速度を維持するべく操縦桿を調整する。一方で、ある高度を維持してまっすぐ飛ぶみたいなときはA/Pが高度を維持し、A/Tが速度を維持できるように推力レバーを調整する。このモードが重要である。

誰が何をコントロールするかは難しいようで、運動方程式(というよりは力のつり合い、中学校でやる)が分かっていれば意外とすっと理解できる。飛行機の縦の運動方程式は式が3つ(たとえばLift、Drag、Pitch)なので、変数が3つであれば解ける(詳しくは線形代数でやる、係数行列が正則行列じゃないといけない)。なので、たとえば下記が意識できるとわかりやすい。

  • 最大推力固定(推力レバー位置は固定)で速度固定で上昇の場合:変数3つはエレベータ舵角、経路角、迎角
  • 高度を維持してまっすぐ飛ぶ(経路角は固定)場合:変数3つはエレベータ舵角、推力レバー位置、迎角

ここでは縦のA/PとA/Tのみ書いているが、実際には横もあることに注意。また、この実際にはFM (Flight Management)で設定したように飛ぶLNAV/VNAVもあるがここでは割愛していることに注意。

A/TとA/Pのモード

事故報告書によると737-500には下記のモードがあるらしい。

  • A/T
    • N1
    • GA
    • RETARD
    • FMC SPD
    • MCP SPD
    • THR HLD
    • ARM
  • A/P (Pitch)
    • TO/GA
    • V/S
    • ALT ACQ
    • ALT HOLD
    • VNAV SPD
    • VNAV PTH
    • MCP SPD
    • G/S
    • FLARE
  • A/P (Roll)
    • HDG SEL
    • VOR/LOC
    • LNAV

事故報告書を読むとき、この3つのシステムがそれぞれどのモードで、だれが何を操縦しているかを意識すると読みやすい。このフライトの場合、離陸後、下記のモードでA/PとA/TをEngageした。

  • A/T: N1
  • A/P Pitch: LVL CHG
  • A/P Roll: LNAV

この場合、最大推力で速度をA/P Pitchが調整しており、出たところの上昇率で上昇している。変数はエレベータ舵角、経路角、迎角の3つ。途中でモードを変えたあとは次のとおり。

  • A/T: MCP SPD
  • A/P Pitch: V/S
  • A/P Roll: HDG CHG

変数はエレベータ舵角、推力レバー位置、迎角の3つ。ただし、この推力レバーは実際には1変数ではなく、右と左があるので、レバーが同じように動かないと左右差が出る。縦のつり合いとしては左の推力だろうが右の推力だろうがどっちでもその合計が釣り合っていればよいが、横が問題である。A/P RollはHDG CHGになっているため、推力の左右差によるモーメントを打ち消していて、常に操縦輪が右に使われている状態となった。

バックグラウンド

A/Tシステムの故障

どうもこの機体についているA/Tはたびたび右が固着する癖があったらしい。事故報告書には過去のデータがいくつも載っており、たとえばアプローチのために推力を下げる場面で右が固着して下がらず、左だけ下がって左右差が出て、そのあとA/Tが切れるまたは切る、というようなことを何回も経験している。

そのたびに整備の人がコネクターの掃除をしていたらしいが、原因はコネクタの接触不良ではなかったらしく、A/T故障が報告される→コネクター掃除をする→A/T故障がまた報告されるというのを繰り返していた。

CTSMシステムの不作動もしくは遅延

Cruise Thrust Split Monitor (CTSM) というシステムがこの機体にはついている。このシステムは、左右の推力差が閾値以上になり、かつスポイラーが立っていればA/Tに故障が起きたと判断し、A/Tを切るシステムである。本来であればこれが作動するはずであった。

しかしこのフライトでは作動しなかった。原因はよくわからなかったと書いているが、スポイラーのリギングがちゃんとされてなかった、または回路が断線していてフラップ舵角が間違ってCSTMに入力されていた可能性が指摘されている。

よくわからないところ

パイロットがなぜリカバリーをできなかったのかがよくわからない。A/Pが切れてから、A/Tがやっていた通りに操縦輪を右に使っていればまっすぐ飛べたはずである。もちろんすぐにはできないので、とりあえずバンクが出てしまってピッチが下がってしまうのはしょうがない面があるだろう。

事故報告書によると、インドネシアの事故調査官と、スリウィジャヤ航空から連れてきたパイロット数名がシミュレーターでこの飛行条件をやってみたところ、どちらも問題なくリカバリーできたと書いてある。また、事故条件より厳しい条件、たとえばバンク90度からのリカバリーや、リカバリーするまで2秒待ってからおもむろにリカバリーを開始するなどを試してみてもリカバリーできたとのこと。

もちろん普通のOEI (One Engine Inoperative)とかに比べると、A/Pが切れることによるTransientは大きそうだが、それでも対応できないということはなさそうだ。

普通のエアラインのパイロットがここまでリカバリーできないものだとすると、自動リカバリーシステムみたいなのが将来的に必要そうな気がする。ボタンを押したらUpset状態から自動的にまっすぐ定常飛行に戻るようなシステムがあれば、きっと助かったであろう。

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